7月30日は「プロレスの日」。一般的なプロレスのルールでは反則は5カウント以内に止めなければ反則負けとなる。これは逆にいえば5カウント以内であれば反則攻撃が認められているということであり、プロレスの試合における攻撃手段や表現のバリエーションを形成する要素となっている。

 つまり、悪役レスラーを演じる上で反則技は必要悪のようなものなのだ。ヒーロー役ははじめのうちは攻撃を受け、ピンチに陥るが、後半反撃に転じ、必殺技を繰り出す。プロレスのテンプレみたいな展開だが、神様の復帰の摂理もそのようなものかもしれない。

 神に選ばれた義人・聖人はいつも苦難の道を通過する。世の中にはびこる悪人の悪なる所業を、なぜ神様は一挙に裁かれないのかと疑問を持つ人もいるだろう。神は全知全能ではないのか? 神は善なるお方ではないのか? 祈っても答えてくださらないので、神などいないのではないかと無神論に陥ることもあるだろう。

 神様は非原理的な存在には干渉できない。神様が相対できるのは創造原理的な善なる存在なのである。よって復帰摂理の成就には人間の責任分担が伴うようになってくる。宗教的には打たれても感謝して乗り越えるという道だ。

 プロレスにおいてはレフリーも5カウントまでは反則を認める。ヨブ記を見ると、神もサタンがヨブを打つことを認める場面さえある。全てを奪われてもヨブは神を捨てなかった。「主はヨブの終りを初めよりも多く恵まれた」(ヨブ記42章12節)。それが打たれて復帰するということか。



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