ミルトン フリードマン
自然失業率
自然失業率とは、長期的に見て、インフレ率に関係なく、一定の水準で存在する失業者の割合のことをいいます。完全雇用が達成される状態にあっても、産業構造の変化や技術革新の進歩、人口の高齢化、社会保障(失業保険)の充実など、社会や経済の構造上の理由からどうしても避けられずに存在してしまう失業率のことです。ただし、短期的にみれば、実際の失業率は景気の変動に応じて自然失業率より高くなったり低くなったりします。英国の経済学者フィリップスは、景気が悪くなれば失業率が高まってインフレ率は低くなり、景気が過熱し失業率が低くなればインフレ率は上昇するというように、失業率とインフレ率の間にはトレード・オフの関係があるとしましたが(これをフィリップス曲線といいます)、これに対し、M.フリードマンは、長期的にみれば、失業率はインフレ率に関係なく一定水準(自然失業率)に安定する(長期フィリップス曲線は垂直になる)と主張しました。また、フリードマンたちマネタリストは、ケインジアンが主張する非自発的な失業率をなくすためのマクロ政策には意味がなく、むしろインフレを増幅させるなど経済の不安定性を招くことになると批判しています。
自然失業率という概念が政策担当者の責任感を緩め、完全雇用達成努力に対する怠慢に言訳を与えて来た事実がある。自然失業率状態をもって完全雇用とみなす通念の形成であり、そもそも完全雇用など無理という考えだ。
新自由主義(恒常所得仮説)
フリードマンにとっての理想は、規制のない自由主義経済であり、従って詐欺や欺瞞に対する取り締まりを別にすれば、あらゆる市場への規制は排除されるべきと考えた(自由放任主義)。そのため、新自由主義(Neo Liberalism)の代表的存在とされる。「新」が付くのは、ダーウィン主義に影響を受けた自由放任論からの脱却として現れた、ニューリベラリズム(New Liberalism)に基づくケインズ経済学を、再び古典的な自由主義の側から批判する理論だからである。
政府によって実施される財政政策は、財政支出による一時的な所得の増加と乗数効果によって景気を調整しようとするものであるが、フリードマンによって提唱された恒常所得仮説[2]が正しいとすると、一時的な変動所得が消費の増加に回らないため、ケインジアンの主張する乗数効果は、その有効性が大きく損なわれる。そのため恒常所得仮説は、中央銀行によって実施される金融政策の復権を求めたフリードマンらマネタリストの重要な論拠の一つになった。
現実の、あるいは仮想の(perceived)危機
フリードマンは、「現実の、あるいは仮想の(perceived)危機のみが真の変化を生み出す」と主張し、福祉や累進課税などの「規制」を撤廃することは、社会危機をおいてでなければ実行できないと認識していた。
市場経済
市場経済を特徴づけるものとしては、次のものをあげることができる。
分権化された経済主体
個人・企業などの経済主体は、政府の指示を極力抑え自らの自己責任で行う。
私有財産制
それぞれの経済主体は、財産権(所有権)が認められた財産を有する。これにより、財産を効率的に利用しようとするインセンティブが与えられる。
価格システム
財・サービスの価格および取引量は、市場機構と呼ばれる需給を均衡させるしくみで決定される。
市場経済は優れた経済システムであるが、「市場の失敗」と呼ばれる市場機構の限界が存在するため、これらの問題を解決するために政府の援助が必要となっている。
理想的な市場は、完全競争を前提としているが、現実には不可能なことであり、不完全競争となっている。
市場経済自体の欠点
資源配分が効率的になるが、公平になるとは限らない。このため、貧富の差が拡大する可能性がある。また不完全情報や計画段階のミス等により資源配分が非効率になる可能性も有る。
貨幣によって取引が媒介される場合が多いが、貨幣が交換だけでなく蓄蔵の機能を持っているために、市場経済に需給ギャップが発生する場合がある。
生産工程が複雑化し定価取引が普及した後は価格による需給調整が行われにくく、数量による調整が行なわれ、失業や在庫が発生し効率が悪化する。
市場経済の均衡メカニズムが倫理的価値を包含しないため、誰もが反対するような結果になることがある(例:穀物価格の高騰→購入できない貧民層が増える→餓死者が出る→穀物需要が収縮→穀物価格上昇がストップ)。
市場経済が及ばないための欠点
前述の過剰生産や過少生産が温存されてしまう財・サービスにおいては市場は有効な結果を生み出せない(詳細は市場の失敗を参照)
外部経済と呼ばれる市場機構の外における価値の取引においては、人為的な調整無しに機構が働くことはなく適切な配分を達成できない。(例:環境問題)
蛇足
竹中のオッさんが崇拝しているミルトン・フリードマンはアダムスミスの国富論とダーウィンの適者生存をミックスした訳の分からない理屈です。
確かに、どこぞの公務員集団が考えそうな社会主義的なモノへのアンチテーゼである。
竹中がよく言う構造改革なるものは一体なんだんねん?:
それは産業構造変化と技術革新の中にあれば労働者は一定量の失業をする。という自然失業率の事を言っているのだ・。なので労働派遣の規制など廃止したのだ・。目くらましのIT革命があった(技術革新と言うらしい?)・IT金融革命があった(詐欺の上塗りがか・・)・これは騙しのテクニックが増えた普通の変化でしかないが・・・このミルトン爺の言葉を鵜呑みにする。
そこで竹中のせいで路頭に迷った者は「市場の失敗」と言って・・・政府が面倒を見ろ。と竹中は言う。これもミルトン爺さんのマネ。
もともと、自由放任にして経済が活性するのは詐欺と談合とコネで人心は荒廃し倫理が麻痺するだけだ・。
中央銀行の増刷を政府が承認するようなもんだ・。完全競争社会などあるわけがない・。
貧富の差を極大化する支配層の妄言が実現したまでだ・。
そんなインチキに加担した人間がまたぞろTVにでている不思議な国です・。
なぜにテレビでデタラメを垂れ流すのか?
ミルトン爺さんの戯言「現実の、あるいは仮想の(perceived)危機のみが真の変化を生み出す」と主張し、福祉や累進課税などの「規制」を撤廃することは、社会危機をおいてでなければ実行できないと認識していた。
こやつの改革と称する宗教は福祉切り捨て、金持ち優遇を実行したことにも飽きたらず・・。
社会的危機が現実に起きないと変化しない(何が??)と妄想しているのです・。
ミルトン教信者の竹中は今がその時だと状況判断無視の戯言をほざいておいるのです・。
