MA-1について つづき
MA-1の最初のブームは1980年代中ごろだ。
おりしも1986年の映画「トップガン」の頃だった。
米国アルファ社のものが正規輸入販売された。
桑田圭祐が黒いMA-1をはおり、ラルフーローレンがそのデザインをモチーフとした。
そして
それに女子大生が飛びついた。
おそろいのワッペンをつけたMA-1で青山や六本木を闊歩していたのだ。
おそろいのMA-1を着て、国道16号線あたりをぶいぶいいわせていたのだ。
ベビーピンクのVT250だった。
ヘルメットからこぼれるさらさらの長い髪。
それに憧れて髪を肩まで伸ばした男がいた。
莫迦だ。
結果的にはさらさらの髪は幻想で、
汗と埃と排気ガスでばさばさになっただけだった。
そんなことにすぐ気が付いた女子は
あっというまにピンクのVTを売っぱらてしまい、
すかした男のBMWの助手席に収まってしまった。
その後、しばらくのあいだ、
上野のバイク街でものすごく程度のよい中古のピンクのVTが
でまわることになる。
信じられなかった。
その時代、女子大生が「赤!!」と喚けば
黒でも白でも黄色でも真っ赤になった時代だったのだ。
「オールナイトフジ」などと言う番組が高視聴率をとっていた。
もちろん、心ある者はその時間帯
「海賊チャンネル」のティシュタイムを見ていた。
その頃、上野の米軍放出品店で、防虫防カビの高濃度薬品にせき込みながら
サープラスをあさっていた感動社は
「ケッ」と地面に唾を吐きながら横目でギロリと睨んでいたものだった。
それじゃあ。
