審判奇譚 第四章3 | 神鳥古賛のブログ

神鳥古賛のブログ

古典。読めば分かる。

 「な泣きそよ。」と彼れ再び云ひき。部屋のうちへ目を戻しぬれば、夫人グルウバハ、かはらず泣き続けゐぬ。

 

「さる日は我れとても、さる悪意をもつて云ひしにはあらざれ。かたみに思ひたがへゐたるのみなる。旧き仲にもあり得べき事どもなれ。」となん。

 

夫人グルウバハ、Kのまこと仲取り繕はんとするや、それ見極めんとて前だれを目よりはづしつ。

 

「あはれ、さまでの事。」とK云へど、夫人グルウバハの様より思んみるに、例の大尉、何事か差し口する処なしと見えたれば、構へて言葉を継ぎぬ、「汝れ、まことに、この我れを、余の娘の為に、汝れと仲たがひせんものと思ひきや。」と。

 

「まこと、しかり、阿K。」と夫人グルウバハ云へど、巳んぬる哉、思ひくつろぎぬと弛びたらん、忽ちに、気障りなる事のたまひけれ。

 

「我れ、日も夜もなく身に問ひぬ。阿K、何ゆゑ斯くもブルストナを気遣ひゐますやと。何ゆゑ彼の人の為に我れといさかひ為せし。

 

よし、阿Kより忌むべき言の葉のひとつも聞きなば、忽ちに眠られずなりぬべき我れなるを能く知り給ふに、となん。我れ、彼の娘御につきて申したりしは、皆この目に見たるのみなる。」と。

 

K、敢へていらへ為さず。まこといみじきひと言と共に、夫人を部屋より逐ひ遣らひ遣らずんば措かれざりしも、彼れ、しかは為さず。珈琲を飲みつゝ、夫人グルウバハの過ぎたる差出で口を心付かせんに留めつ。

 

部屋の外(と)、今また、娘モンタルク、控への間を過(よぎ)り行く、引き摺るが如き跫(あのと)鳴り渡りぬ。「聞き給ふや。」とK、扉を指差して問ひぬ。

 

「あな、」と夫人グルウバハ云ひ、溜め息をもらして、「我れ、みづからも彼れを手伝はんと思ひ、御末にも共に手伝はしめんと思ひしなれ。

 

さるを、彼の人、心強(ごは)ければ、引き越しの事、全ては手づから済まさずしては、心許無がりぬらし。

 

ブルストナ嬢とてもゝのや。我れなど、モンタルク嬢、これ此の館にあるばかりに煩はしう思ひ做す事、度たびなるに、ブルストナ嬢たるや、彼の人を己が部屋へ呼び寄せんとまで云ひぬれ。」となん。

 

「汝れの知る処にあらざれ。」とK云ひ、珈琲いれる碗の砂糖かすをつぶせり。「何ぞや、為に失ふべきものありや。」となん。

 

「否とよ。」と夫人グルウバハ云ふ、「事の有り様はいと有難けれ。何となれば、部屋ひとつ空くがゆゑに、これへ甥なる大尉を入れん置かん事かなふべし。

 

この処、あれなる、汝が部屋の隣りへ住まはせゐたれば、煩はしう思し召さんやと、かねて思ひ悩みゐたれ。さして人さまに気兼ねする者にもあらざれば。」と。

 

「何たる事を思ひ寄るもの哉。」とK云ひつゝ立ち上がり、「さる事、全くもつて思ひのほかなり。彼れモンタルク嬢、これの歩き回らん事に――やれ、戻りたりな――

 

我れの得耐へざるとて、汝れ、この我れを、心凄まじうさゝくれしなど思ひしか。」となん。夫人グルウバハ、最早、手を尽くされまじうなん思ひけん。

 

 

 

 

 

 

 

 

https://m.facebook.com/mitsuaki.yamaguchi.92?ref=bookmarks

 

どくしゃになってね!どくしゃになってね…読者登録してねアメンバーぼしゅう中!ペタしてねペタしてね