この頃ブログが書けなくて、本当にフラストレーションたまります。

先週末は、メモリアルデー(戦争に行った軍人さんたちを敬う日、とでもいうか)で、ロングウィークエンドだったのですが、子供たちの補習校の宿題と、上の娘のテスト勉強で、結局家に缶詰めになったため、自分の時間がまったく持てなかったためです。


我が家の典型的な週末の過ごしかた、というと・・・。


土曜日は、毎週朝から補習校があり、終わってから補習校でレッスンがあるので(上の子は習字、下の子はアートです)、お迎えに行って、皆で食事をして家に戻ってくると、8時、9時になっています。

なので、通常は、土曜日だけ1週間で唯一、宿題をしなくてもいい日、夜更かしをしてもいい日、となっています。


日曜日、ゆっくり起きて、ブランチをゆっくり食べます。

そして補習校の宿題。

補習校の宿題は、ロスにいたときの量に比べると、若干少ない気がします。けれど、内容はロスにいた時より濃いです。

ニュージャージーには補習校が2つあって、一つは近所、パラマスにあります。こちらの方は、ロスに行っていた補習校とよく似ていて、土曜日に現地校の校舎を借りて行われていて、文部省が海外に在住する日本人の子供たちのために援助をしています。ほとんどの日本人が、パラマスの補習校に通っています。

もう一つは、娘たちが通っている補習校で、ここから12マイルほど行った、フォートリーにあります。こっちのほうは、授業料も高めで、少人数制、平日は全日制なので、校舎も学校の持ち物なのです。ですので、なんとなく「私立」っぽい雰囲気があります。授業も、音楽も体育も図工もあり、理科の実験などもあります。

両方とも宿題が出ます。パラマスの補習校はかよったことがないので、量などはわかりませんが、聞くところによると、やっぱり出るそうです。でも、塾の宿題の方が量が多いので、補習校の宿題はほとんどやらない、という話も聞きます。私が聞いたところによると、駐在員の子供さんたちは、補習校だけでは、日本の勉強が足りないので、ほとんどの子供さんが平日日本の塾にも通っています。


娘たちが行っている補習校は、宿題はかなりあります。6年生より、3年生の方が宿題が多い気がします。

3年生などは、1日でやろうとしても量が多くて、難しいです。

娘たちが通っている補習校の宿題がなぜ大変か、というと、毎週提出して、先生が添削してくれるのです。間違ったところは、付箋がしてあって、次の週までにやり直して、再提出しないとなりません。ちゃんと答えが合うまで、付箋はとれません。もともと量が多いので、付箋がたくさんついた問題集を持って帰ってくると、宿題の量が増えるのです。やらなかったら、やっぱり付箋がついていて、やるまで付箋はとれません。

長女の6年生は、教室の前にポスターがあって、全部終わったら星のシールをそのポスターに張ってもらえるのですが、終わらない子はシールがもらえないのです。だから、宿題は全部やっていかなければなりません。

だから、ロスの時と量は減ったかもしれないけど、ロスの時より大変なのです。

あと、作文も2週間に1回でます。これも、間違ったところは赤ペンで印がつけてあって、赤い印がなくなるまで、何度でも清書しないとなりません。うちの子は、ことのほかこの清書が嫌らしくて、ちゃんと書いて出したつもりなのに、赤ペンがついたのが戻ってくると、泣きながら清書してます。かわいそうですが、仕方ないです。かわいそうなので、私も見直すのですが、やっぱり見落としてしまい、赤ペンがついて戻ってきます。


毎週日曜日は、こんな感じで、補習校の宿題をやるのにほとんど1日を費やします。日曜日に、補習校の宿題をやってしまわないと、平日に持ち越すと、現地校の宿題と重なってしまって、結局前夜の金曜日までためてしまい、せっかくの花金なのに、泣きながら、夜遅くまで補習校の宿題を終わらせ、漢字テストのために、たまった漢字の練習をしなければならないのです。


そのうえ、先週末は、上の娘のミドルスクールでテストが2つもあったのです。プラス、週末書き上げなくてはならない、イングリッシュの宿題もあったのです。

テストは、一つは社会で、一つは数学でした。

社会は、教科書を読んで、南北戦争に至るまでの10ステップを覚えていかなければならない、というものでした。

数学は、%のテストで、消費税、チップ、計算機を使わないで細かい小数点の計算をする、というものでした。


社会は、1週間ぐらい前から、教科書の範囲が発表され、自分でどうして南北戦争になったか、10ステップをまとめ、それを覚えてくる、というものでした。


ここで、かなりわき道にそれますが、南北戦争について。


最初これを聞いたとき、「えー?10ステップもあるの?」と思ったのです。

教科書の範囲が30ページぐらいあったでしょうか。それも、協定だの、州境問題だの、上院、下院の奴隷に対する見解の不一致、最後はリンカンの台頭まで、かなり複雑なのですね。

娘は、もちろん教科書の最初のページの、第1段落を読んだだけで「なんだかさっぱりわからない。」と。

私が読んでみても、かなり複雑でした。

南北戦争って、南部が奴隷制度をつづけたくて、北部が撤廃したくて、それで起こったんじゃないの?なんて、漠然と考えていたんですが、やっぱりアメリカほどの大国が内争するのだから、かなり複雑な事情があって、どうしても戦争しか方法がない、というところまで行ったみたいなのです。

私は、そんなこと全然知りませんでした。

ちょっと読んでみると、確かに難しかったので、私が4,5日前ぐらいから教科書を読み始めました。


難しかったので、1回さっと読んだだけでは、全然事情が把握できず、結局同じ文章を何回も読み直したり。こんな複雑な話は、娘一人で理解出来っこありません。授業で先生が説明しているのかもしれないけど、娘は何も頭に入ってないみたいだし。

「ただ先生が難しいこと、だーって話しているように聞こえる。」というのです。


奴隷制度のおかげで、南部が世界でも有数な金持ちになった。それだけ奴隷に完全依存していたので、南部が奴隷制度をやめたくない、やめる、ということは、自分たちの生活が完全に崩壊する、ということだ、と思ったのはわかったのです。だから、南部にとって、奴隷制度を継続するか否か、というのは、死活問題だったわけです。

この勉強をするまでわからなかったのは、なぜ北部がそれほどまでに奴隷制度を撤廃したがったか、ということです。

それは、アメリカが独立戦争を起こして、イギリスに勝って、独立して、自分たちで憲法を作り、アメリカ、という国を建国した、というところまでさかのぼるのです。アメリカ、という国は、「自由の国」、all men are created equal=人間は生まれながらにして、みな平等である、という考えを掲げて、生まれた国だからなのです。奴隷制度は、その精神から見ると、全く「アメリカの精神」に反するものなのです。

アメリカが独立宣言をしたのは、北部、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、ペンシルバニアなどで、したわけですから、当然、北部には「奴隷制度は、アメリカの精神と対立するものである。廃止すべきである。」と考える人が多かったわけです。だから、北部は、北部なりに、アメリカという国の精神を守るために、奴隷制度を撤廃すべきだ、と強く考えていたわけです。


教科書を読んで、10ステップかどうかはわからないけれど、確かに南北戦争に至るまで、大きな出来事があります。最初は、協定などでお互い妥協し合って、「ミズーリは、奴隷州にするから、その代わり、メインは自由州にしよう」などと、政治家同士の話し合いで収めようとするのですが、そのうち、どうしても北部は全面撤廃したいので、新聞などで南部を批判した抗議運動をしたり、デモをしたり、南部は南部で、それを受けて腹を立て、武力を使ってもいいから奴隷領土を広げたい、ということで、どんどん話し合いだけでは収まらず、暴力事件にまで発展するのです。最後、自由信奉者のリンカンが、大統領選挙で圧勝して、「奴隷領土は今後一切広めない。」と宣言したことから、南部がアメリカから脱却して、南北戦争になるのですね。


教科書をここまで読んで、まとめるだけでかなりの時間を費やしました。家事、子供の世話、外出先の合間に、ちょっとずつ教科書を読んで、まとめて、ってやっていって、3日以上はかかりました。ブログを書いてるどころではありません。


テストを受けるのは私ではなく、娘ですから、次はこれを娘に説明し、理解させ、おぼえさせないとならない…。考えただけでも気が遠くなりました。


いつも思うのだけど、「ほかの子はどうしてるんだろう…。」

そのことを考えると、いつも不安になります。皆一人でできるのかな。

このことを考えると、普段生活していても、不安や、焦りが心から離れないので、なるべく考えないようにしています…。


今回も、メモリアルウィークエンド中に、補習校の宿題を終わらせた後に、娘に説明をして、覚えさすしかありません。

親も大変ですが、子供も大変です。娘はよく、「こんなにできない」と言って涙を流します。

大人の私でも、これだけの量をこなすのは、計画をして、着々と進めていかなければ、全て時間通りには終わりません。ましてや、まだ勉強より、遊びたい気持ちの方が強い、もともとお勉強が好きではない、なんでものろのろペースの11歳の、6年生の娘にとっては、なおさらのことです。


日曜日は補習校の宿題でほぼ1日を費やし、補習校が終わってから、イングリッシュの、本を読んで、その日与えられた課題について(読んだ本は、何を連想させますか、本から例文を抜粋して答えなさい、とか、感想を最低3つ上げて答えない、など毎日課題が与えられる)、答えをタイプする。それも簡単にメモ程度ではいけないのです。ちゃんと起承転結形式で書かなければなりません。

それを日曜日の深夜、泣きながらやりました。


月曜日、メモリアルデーの休日は、1日社会のテストの勉強です。と言っても、私が順を追って、南北戦争に至るまでの説明をし、娘に確認の質問をしながら、次に進む、ということを1日かけてやりました。


社会の方が、こんな感じだったので、算数のテストの勉強をする時間はほとんどありません。算数の方は、練習問題として宿題が出るので、宿題を一緒にやる、という形で勉強し、月曜日、社会のテストの勉強が終わった後に、ちょっと宿題でできなかったところの復習をした程度です。

問題は、例えば、


もともとの食事代が、26ドル45セント。消費税が6%、チップが15%だとすると、合計はいくら?


もうちょっと難しい問題になると、


15%チップを払って、合計で35ドル払った。もともとの値段はいくら?

25%引きで、56ドルでした。もともとの値段はいくら?


もっと難しいのになると、


35%の値引きの後、80ドルを出すと、17ドルのお釣りが来ました。もともとの値段はいくら?


というものです。


実は、私は小学校の頃、こういう%の文章問題が超苦手でした。今でも「え?え?こうだったっけ?」ってじっくり考えないとできません。以外と、娘の方が早く式を考えついたりします。

でもやっぱり、よく見て見ると、わる数字と、割られる数字が逆だったり、掛け算と割り算を間違えたり、と今一完璧には理解してないようなのです。

現地校の宿題には、答えがついていませんから、結局親子で、ああでもない、こうでもない、と言いながら問題を解いていくのです。


そういうしているうちに、月曜日も夜になり、3日間のロングウィークエンドはあっという間に過ぎました。3日間どこにも行けず、私は家族の食事もろくに作れませんでした。自分のやりたいことをする時間は、全くありませんでした。


で、テストの結果、社会、算数ともA-でした!

娘も喜んでいました。

あれだけ頑張った甲斐はありました。が・・・。


我が家は、こういう状況ですが、他の家庭もこんなに大変なのかな?

話を聞いていると、そうでもないらしく、周りの人は、「子供が何を勉強しているかさえ、全然知らない。」という方が多いようです。それに比べて、我が家では、私がとことん時間を割いて、付き合わないとこの点数はとれないのです。

もう6年生も終わり。7年生になってしまうわけですが、こんな調子でこのまま上の学年に上がってしまっていいのかな?

あとハイスクールまで2年しかありません。ハイスクールは、今よりずっと厳しいし、完全な自己管理を要求されるらしいです。今のままの状態では、明らかにハイスクールでやっていくことはできない…。

やっぱり焦ります。


上の娘に関しては、不安が残るまま、学年度の終わりを迎えようとしています。


下の、3年生の娘ですが、この子の方は、ほとんどと言っていいほどノータッチです。

今ESLに入っていますが、ESLの先生とプログラムがかなりしっかりしているので、英語の読み書きの方は、完全に学校にまかせっきりになっています。私の見る限り、英語の読み書きは、この1年間で別人と思うぐらい、上達しました。同学年のアメリカ人の子と比べると、まだまだかもしれないけど、本人だけを見ていると、1年でかなりの進歩です。しゃべる、聞くのほうは、周りのアメリカ人と普通に話しているようです。

宿題も、補習校も、現地校も下の子は一人でやります。

下の子に関して言えば、他のお母さん同様、「何を勉強しているのかわからないし、宿題もどんなものが出ているか、わからない。」という状況です。

上が完全に私に頼りっきりなので、下はあえて、放っておくつもりでいます。上を見て、困っても、間違っていても、一人で解決する、という力を持つことが大切だということを知りました。下の子はそれができるのだから、何もあえて私が介入する必要はないと思っています。


下の娘に関しては、この前助けてほしい、と言って持ってきた本が、Squantoの本でした。

Squantoとは、初めてイギリスに船で渡ったインディアンの男の子で、アメリカに戻った後、メイフラワー号でアメリカ大陸に渡ったピルグリム達に、アメリカの土地で生きていく知恵を与え、作物を作る方法などを伝授して、最初のピルグリムたちは、アメリカ東部の寒い冬を乗り越え、生き延びることができたのです。スクアントと、彼の部族、神様に感謝の意を表すために、ピルグリムたちは秋の収穫を使った料理でおもてなしをし、それが初めての感謝祭になったと言われています。

下の娘は、アメリカの初代の歴史を勉強しているらしく、今回の宿題は、Squantoを1章読んで、その要約を書いてくる、というものらしかったです。要約の書き方もちゃんと決まっています。「ママも読んで、日本語でだいたいどういうことが書いてあったか、説明してくれ」、というので、説明したら、英語で書いてました。全部で20分もかからなかったと思います。やっぱり、こっちの方は断然楽です。


算数は何をやってるのか知りません。

算数の宿題は、全部自分でやる、と言って、私には見せてくれないので、たまに見せてほしい、と思うことさえあります。ちゃんと理解しているかどうか、確認したいのです。

あまりにもみせてくれないので、週二日、日本人の家庭教師を雇っています。彼女にだったら宿題を見せるし、いうことも聞くみたいなので、彼女に宿題を見てもらって、何か苦手なところ、欠けているところがあったら、言ってくれるようにお願いしています。

ちなみに、この家庭教師の方には、娘たちの補習校の作文や、日本語の本の音読などもお願いしています。彼女に見てもらうと、書き直しがない、と言って、娘たちは喜んでいます。

この家庭教師の方は、私の目から見ると、英語がちょっと弱いけれど、さすが日本人だけあって、算数は得意だし、私にとっては、補習校の宿題で、最も時間のかかる作文を、子供たちと一緒にやってくれるので、助かっています。


1年たって、今子供たちはこういう状況にあります。

来年の今頃は、もっと上の子には独立してもらって、他のお母さんのように、私が楽になっていることを、切に願います。どうやら、それが普通みたいですから。

下の子に関しては、5年生を卒業して、ミドルに行くまでにあと2年あります。2年かけて、英語の読み書きが、現地のアメリカ人並みになって、ミドルに進むときに、同じスタートラインに立ってくれればいいと思います。