イーディがまだアンディのもとにいた頃、作品制作スタジオであり文化人や芸術家たちのたまり場だったファクトリーに大きなざわめきが起こった。

当時すでに世界的な大スターとなっていたボブ・ディランが仲間を連れて訪れたのだ。アンディは早速、恒例の「スクリーンテスト」を頼み込んだ。ディランはその「報酬」として彼の作品である「エルヴィス」を求めた。

ディランはこの作品を持ち帰るのに車のルーフトップにくくりつけたという。そのうえ、後に人にあげてしまったとか。現在のオークションでの値段を知って何を思うか

 

アンディがそれを快諾したのは、自分が監督する映画にも出演してもらおうと思ってのことだったが、うまくかわされてしまったのか叶わなかった──これについては、ディランが一枚上手だったといったところなのだろう。

おそらく、これがディランとイーディの出会い…イーディが持ち前の無邪気さでディランに挨拶する姿が容易く想像できる。そして常にピリピリした雰囲気を纏い近づき難がったディランは、そんな風に自分の懐に飛び込んでくるイーディを気に入ったに違いなかった。

 

どのようにして親密な交際が始まり深まって行ったのかを詳しく描写している映画がある。

「FACTORY GIRL」(2006)

 

これもフィクション扱いだし実際とは違うだろうけれど、ディランとイーディが仲を深めていくシーンは素敵だった。イーディの住むアパートにディランがバイクで駆けつけ、部屋番号までわからなかったからか窓の外で「セジウィック!」と名字を叫んだり(イーディ、と呼ばないところがいい)、真夜中のガラ空きのダイナーでイーディが描いた動物のスケッチをディランが真剣な顔で誉めたりなど…

イーディ役をシエナ・ミラー、ディラン役(厳密にはビリー役・経緯は後述する)にはヘイデン・クリステンセンが演じた。シエナの寄せっぷりは見事だったし、ヘイデンに至ってはイケメン過ぎたかもしれない(失礼)。

 

実際の話としては、ディランはイーディを自分のマネージャーであるアルバート・グロスマンと契約させた。そして、その後ふたりで映画を撮るという話が進んでいた。

グロスマンは、その時ディランを頼ってきていたニコのヴェルヴェットアンダーグラウンドでの様子を見に行くのを口実にしてファクトリーに出入りし、イーディが出演した数々のアンディの映画をチェックしていたという。

性的倒錯や薬物中毒の人物が多数出演していた「チェルシーガールズ」からイーディの出演シーンが削除されたのは、グロスマンを使ったイーディの希望でもあった。そのやり方にアンディのみならずファクトリーの人々は憤慨したという。

イーディはアンディとは比べ物にならない大きな舞台へと踏み出したかったし、ディランとの恋愛に夢中になっていたのだった。

 

アンディは何食わぬ顔をしていたが、内心は極めて穏やかではなかっただろう。

特別際立つわけでもない自分の容姿とスタイルを揃えて、短い間ではあったが衆目を集めた華やかな夜、隣にいつもイーディがいた。けして恋愛関係ではなかったけれど──光り輝くイーディの側で、アンディの心の中に恋愛に近い感情が芽生えていたかもしれなかったのだ。

 

アンディがとある場所から聞きつけた話をイーディにしたのは、そんなジェラシーからだけではなかった。イーディのあまりの舞い上がりぶりに、聞かずにはおれなかったのだろう。

「ねぇ、ボブ・ディランが結婚してるの知ってる?」と。

 

その頃ディランは、サラ・ラウンズという女性と極秘裏の婚姻関係にあった。夫がいたサラを略奪する形での結婚だった。時期的にイーディと交際していた頃には、もうサラはディランの妻だったというわけだ。

 

何も知らなかったのは自分だけ──イーディが受けたショックは計り知れなかった。

 

それからすぐに、ディランとイーディの関係は解消された。

グロスマンとの契約もそのまま立ち消えになった──と同時に、イーディが望んでいた未来もそこで何もかも消えてしまったことになる。

かといって、今更ファクトリーに戻ることも許されないだろう。

 

「FACTORY GIRL」より。自分がかつていたアンディの隣にはもう、ニコがいた

 

あれほどアンディの映画に出演したのにろくなギャラももらえず、信託の預金も浪費に消えていた。イーディはようやく気がついた。

夢を抱いてNYに来て2年足らずで、何もかもを失ったということに。

 

<参考資料>

「イーディ 60年代のヒロイン」ジーン・スタイン/ジョージ・プリンプトン著 

筑摩書房

「さよならアンディ ウォーホルの60年代」ウルトラヴァイオレット著

平凡社

「ニコ/ラスト・ボヘミアン」ジェームス・ヤング著

宝島社

 

 

 

イーディの「転落」ぶりを残酷なまでに描いた「FACTORY GIRL」は、ボブ・ディランから激しいクレームを受けたといわれている。何しろ彼は、現在に至るまでイーディとのことを否定し続けているのだ。会ったこともない、知らない人だと。それでヘイデン・クリステンセンが演じたディランは「ビリー・クイン」という名の架空のミュージシャンの設定に変更された。

それでもファンや評論家たちからは、1966年に発売されたアルバム「Blonde On Blonde」に収録されている「Just Like A Woman」「Leopard-Skin Pill-Box Hat」がイーディのことを歌っているのではないかと指摘されている。

歌詞を読む限りは確かにイーディとの恋愛の話なのだろうとは思う…それも皮肉でかなり辛辣な表現の。だけど不思議なまでにイーディに当てはまるのではないかと思われる曲が他にある。時期的にはまだふたりは出会ってもいなかったはずだけれど。

 

Bob Dylan-「Like A Rolling Stone」(1965)

 

名盤「Highway 61 Revisited(追憶のハイウェイ61)」の、誰もが知っているこの名曲が、結果的にイーディの人生を俯瞰して描いているような気がしてならない。

 

Like A Rolling Stone

 

Once upon a time you dressed so fine
You threw the bums a dime in your prime, didn’t you?
People’d call, say, “Beware doll, you’re bound to fall”
You thought they were all kiddin’ you
You used to laugh about
Everybody that was hangin’ out
Now you don’t talk so loud
Now you don’t seem so proud
About having to be scrounging for your next meal
かつてあんたは派手に着飾って

ねだってくる奴らに小銭を投げていたよな

皆言ってたはずだ「気をつけなお嬢さん、あんたもそのうち落ちぶれるぞ」って

あんたはそんなのただの冗談だって思ってただろ

街をぶらつくだけの奴らをあんたはよく嘲笑ってたよな

今となってはそんな威勢よく話すこともなく

プライドもどこへやら

食事をあさるようになってしまったとはな

 

How does it feel
How does it feel
To be without a home
Like a complete unknown
Like a rolling stone

どんな気分だ? どんな気分だよ?

家もなく 知ってる奴もいない

まるで転がる石のようだな

 

You’ve gone to the finest schools, all right Miss Lonely
But you know you only used to get juiced in it

Nobody's ever taught ya how to live on the street
And now you find out you’re gonna have to get used to it
You say you never compromise
With the mystery tramp, but now you realize
He’s not selling any alibis
As you stare into the vacuum of his eyes
And ask him do you want to make a deal?
良い学校を卒業したんだってな、ミス・ロンリー

でも知っての通り あんたは酔っぱらって楽しんでただけ

誰もあんたに路上での暮らしなんか教えてくれなかったが

あんたは今その生活に慣れなくちゃならない

正体不明の浮浪者なんかで妥協したくないとあんたは言うけど

今わかったろ

奴は口実なんかくれない

それでもあんたは奴の虚ろな目を見つめて尋ねるんだ

「わたしと取引しない?」


How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone

どんな気分だ? どんな気分だよ?

ひとりぼっちで 帰る家もなく 知ってる奴もいない

まるで転がる石のように

 

You never turned around to see the frowns on the jugglers and the clowns
When they all come down and did tricks for you
You never understood that it ain’t no good
You shouldn’t let other people get your kicks for you
You used to ride on the chrome horse with your diplomat
Who carried on his shoulder a Siamese cat
Ain’t it hard when you discover that
He really wasn’t where it’s at
After he took from you everything he could steal
あんたは気がつきもしなかっただろ

あんたを楽しませてた道化師や曲芸師たちが眉をひそめていたこと

だから自分のヤバさにも気がつかなかったんだ

人から反感を買うようなことはするべきじゃなかったな

あんたはよく口の上手い男のバイクに乗ってたよな

そいつは肩にシャム猫を乗せててさ

さすがにすべてのことがわかった時は辛かっただろうよ

奴がうわべだけの男で

あんたから盗めるもの全部盗んでいったとはね


How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone

どんな気分だ? どんな気分だよ?

ひとりぼっちで帰る家もなく 知り合いもいない

まるで転がる石のようだ

 

Princess on the steeple and all the pretty people
They’re drinkin’, thinkin’ that they got it made
Exchanging all kinds of precious gifts and things
But you’d better lift your diamond ring, you’d better pawn it babe
You used to be so amused
At Napoleon in rags and the language that he used
Go to him now, he calls you, you can’t refuse
When you got nothing, you got nothing to lose
You’re invisible now, you got no secrets to conceal
立派なお城の王女様や身なりの良い人たちは

美酒に酔いご機嫌な様子

高価な贈り物なんか交換し合ってる

でもあんたはそのダイヤの指輪を外して質に入れたほうがいい

あんたはよく面白がってたよな

落ちぶれたナポレオンと彼の格言を

ナポレオンがあんたを呼んでるぜ、嫌とは言えないだろ

何も持っていないということは何も失うものがないということだ

あんたは誰からも見られていない、ということは隠す秘密もないのさ


How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone

どんな気分だ? どんな気分だよ?

ひとりぼっちで帰る家もなく 知り合いもいない

まるで転がる石のように

 

 

この曲がこれまでのイーディの人生を言い当て、そしてこれからの人生を「予言」しているとしか思えないのだ。