2013年1月22日 | 神田松之丞ブログ

神田松之丞ブログ

毎月のスケジュールと、演目などを更新していきます。

また、自主興行のテーマなども書いていきます。

文化財研究所に今日は行く。

これは国が、師匠の連続物に価値があるとみて公開録音している会。

公開はしているものの、ある程度録音に適したお客様が求められるという。じっくり聞いていただくタイプのお客様というか。

第一回目から、開口一番を務めさせて頂いている。

手元の資料によると、2009年8月25日から。最初の会だけ連続物ではなかった。

その時の師匠のネタが「青葉の笛」「扇の的」「勧進帳」という。

全部言いたての話だ。細い小さい針の穴に糸を通し続けるような、一つのミスも許されない話。それを公開録音で3本。ノーミスだった。

特に「勧進帳」は聞いて頂ければ分かるが、物凄い事になってる。

私は生涯やることはないと悟った話。理由は聞けば分かる。

この時師匠は66歳くらいか。今は70歳であの三本立ては出来ないなぁと言っていた。録音にも旬がある。あの「勧進帳」は旬のまま永遠に残る。素晴らしい。

それで第二回目から「徳川天一坊」「幡随院長兵衛」の2本立てだ。

私の前座時代からの高座もずっと録音してある。それも歴史といえば歴史か。

会も今回で13回目。結構遅いペースで、年三回くらいか。

師匠と一緒に会場に向かう。途中、最寄り駅の薬局で必ず栄養剤を買って二人で飲む。その後、電車に乗り池袋の喫茶店でコーヒーと軽食を頼む。これは13回とも毎回同じ流れ。

録音作業というのは緊張するものだ。恐らく今までと同じ行為をすることで、自然にゆっくりゆっくりスイッチを入れているのであろう。

私は師匠と喫茶店で軽食をともにしている時が好きだ。必ず講談の話を聞く。先代の馬琴先生の本名が大岩喜三郎。小田原相撲で敵の名前が大岩という。だから、馬琴先生はさりげなく名前をかえてやっていたとか、そういう話が楽しい。

「俺達はこういう昔の講釈師の本名まで知ってるんだよな」

と言ってもらえる。俺達という響きが嬉しい。そういえば談志師匠も昔の落語家の本名ダァーッと言っていたな。先代の馬風師匠の本名が色川清太郎。色男の名前とか。

その後、鶯谷の文化財研究所へ。

独特の大きい施設。その地下で録音作業が始まる。

釈台も三代目の伯山先生が使っていた釈台だ。伝説的な釈台を用いてやる。伯山先生がこの釈台を使っているのが写真に残っている。

ちなみに私は伯山先生に思い入れがあるので、私の着物に使用している紋も、伯山先生と同じミツカンである。

緊張する要素が沢山つまっている会。

まず最初、私が「甕割試合」をやる。まぁ良い出来ではないが、悪くはないかなというレベル。

師匠に「お先勉強させて頂きました」といったら、機嫌の悪いのなんの。

「言い間違えてるぞ。がっかりした。」
と言われ、ウソーンと思う。

その後、別ブースで師匠の高座を聞いていたら、まくらで私がどこを間違えたかを話している。「一勝一敗一分」を「いっしょう、いっぱい、いちわけ」という所を「いっしょう、いっぱい、いちぶ」と言っていたようだ。

「駄目ですね。皆様もあいつに厳しく言ってください。このままだとあいつは終わります。」という酷評が凄い。

正直、そこまで言うのかこのくらいでと思った。言い間違えていたとしても、前フリで相打ちという表現を使っているから流れで分かるではないかと。お客様は気づかないだろうと。

そう思っていたら、まさに私が今日やった「甕割試合」という話のテーマが、今の自分と重なる事に気づいた。

伊藤弥五郎という剣術の名人が、自分の弟子の中から後継者を決める話だ。

その際、わずかな隙を兄弟子の小野善鬼にみて、腕では少し劣る弟弟子を後継者に決める。

納得のいかない善鬼が、なぜこのような些細な事でと食い下がると
「些細な事と思うな。お前はやがて弟弟子にぬかれる。心に慢心がある。武芸者として致命的な欠陥をお前は克服出来なかった」というセリフまんまだなと思った。

小さい事を大した事ではないよと思うと、それは大きな心の隙に変わっていく。小さいミスは大きなミスにつながる。着物も一ミリずれててもいいやと思ってたたむと、無限に広がっていくのを聞いた事がある。ましてや公開録音、なりわいの講談。

諭す話をしてながら、私自身が一番分かってなかったのねという。

悔しいから書いておけば、自分が公開録音で一つのミスも許されないのに、弟子は比較的ノビノビやっている感じに腹が立ったのと、あと演出を大幅にかえているのも影響はあるとは思うけどね。

その後、弟子に小言を言ってはずみをつけたのか、天一坊が素晴らしい出来。

こんなに凄かったら、なに言われてもしょうがないと思った。

一席目終わり、師匠上機嫌。

二席目も良い出来。ダレ場を見事に。

終わってから、緊張感から解放されたのか。師匠はこういう時いつも以上に優しくなる。気をつかわせて申し訳ない。


その後、三鷹講談会へ。

「相撲の啖呵」をやる。

芸人は不思議なもので、一日二席やるとしたら、二席目の方が出来は絶対良くなる。慢心じゃないよ。

挨拶は今までした事はあるが、初めて共演した貞弥さんと話す。

「兄さん、お早うございます。」と最初に言われ、あぁ、俺先輩なんだと気づく。少し話をしただけで、賢い人だと分かる。

その後、打ち上げ。

別の会にもよくお越し頂く常連のお客様も打ち上げに。急に私の座っている席まできて
「話をしたい事があるんだ」と言われ

「なに言われるだろう」と思ったら、別の会についての役割で、あんたはカンフル剤だよと言われる。

今日はあいつは駄目になると言われたり、カンフル剤だと言われたり、まぁ、疲れたけど充実した日ではあった。