「グズグズ寺」という会を毎月やっている。
毎月ネタ下ろしの会だ。
でもそれは実は表の看板であって、この会の目的は小笑兄さんと夢七君の落語を聞きたいから、私がたちあげたといっても過言ではない。(勿論、他の意味合いも沢山あるがそれは後日)
よく言われることだが、良い落語はリズム、メロディー、ハーモニーがある。さらには明るさを備え、天性のセンスがあるとこれらは売れる芸人の出来上がりだ。
売れる人はだいたい、アッパー系の芸を主にする。語尾を下から上にといったら分かりやすいだろうか。下がらないである。語尾が明るいアッパー。これに当てはまらない人も何人かいるが、基本こういう人達が評価されていく若手だ。分かりやすくいうと、三代目山陽が典型的だ。
こういう人は多くのお客様に評価され業界を救う人達である。
ただ私は素人時代からそうだったんだが、こういう人達の存在を最重要視しながら、少なくとも私のみたいものじゃないなぁと思った。
私がみたい落語というのは、リズムもメロディーもハーモニーも重要視してなく、天性のセンスもなく、明るさもなく、人に嫌われている、一般人より面白くない人間が醸し出すおかしみなのだ。
言葉としてあげるなら、その人のフラ(その人が出す独特のおかしみ)を全面に信じる。
これをいうとただのひねくれ者だと思われがちだが、決してそうじゃないのだ。落語の本質からいうと、そういう演者がやるべきであるという信念がある。しかもそれでいて、努力する人間だ。
(カッコいい言い方をすると、落語の本質的な悲哀と滑稽を人生から感じさせてくれる人の落語)
それで誰か該当する人材はいないものかと前座時代から探していた。そういう意味で私は運が良い。
2人もいた。小笑兄さんと夢七君だ。
今回は夢七君をピックアップしよう。
彼は恐らく、客席でも楽屋でも馬鹿にされているタイプの人間だ。先輩からも後輩からも嫌われ、前座仕事も出来ず、高座もつまらない。私生活も面白くない。学生時代も薔薇色にほど遠く、日常会話もつまらない、学生レベルでもヒエラルキーが最低の四軍。女は苦手でロマンチストでありながらそれは自己愛で、女性蔑視が酷く、顔も四コマ漫画の脇役みたいな顔をしている。
私の夢七君分析だ。訴えても構わない。これは褒めているのだ。素晴らしい。こういう人間こそが落語をやるべきである。
私はしばらく夢七君の噂を聞き込みをした。みんな夢七君の悪口をこの世の春のように喋っている。
こいつだと思った。
それで本人に「なぜ落語家になったの❓」と聞くと
「江戸噺の新作をやりたくて、夢丸の弟子になりました。」
と非常に明確な答えがかえってきた。
それで何とかして彼の江戸噺を聞きたくて、この会をたち上げる事に。
それで毎月やってもらって驚いた事が彼の努力なのである。こいつは凄いと思った。
毎月新作を作るというのは凄い作業だ。しかもそれを覚えてやるのである。もっとも、新作は書いた時点で頭に入っていたりもするが、前座修行をしながら凄い創作力だ。
しかも彼は第一回目の新作で、何か言いたてをいれた。それ以来、毎回新作にごり押しにでも言いたてをいれてくる。例えば相撲の話で、歴代の横綱をずらぁーっと言うのである。
これはみんなのアイディアだが、こういう遊びに全力で応えるのは凄い事だ。
それで、前回の「グズグズ寺」において、彼は化けた。
我々の業界で化けるというのは、突然芸が良くなることをいう。いわば都市伝説みたいなことなのだが、それが現実のものとなった。
我らが「グズグズ寺」は主任制をとっていて、レギュラー5人の中で主任は二席する。
開口一番が彼の「道灌」だった。クソみたいな道灌であった。どこに出しても恥ずかしいような道灌。
ところが、ところがである。
彼がトリでやった。自作の、江戸の将棋指しの話が素晴らしかった。未熟な将棋指しが成長していく様が夢七と重なる。プライドが高い主人公と、このままではいけないという性格もかさなる。努力する様も投影であろう。
30分くらいあったろうか。構成が見事であったので、彼の技術は未熟でも、お客様が次の展開を待ち望んでいるのがうしろで見ていて分かった。見事に私も観客も引き込まれていた。
そこにはリズムもメロディーもハーモニーもない。明るさも天性の笑いもなかったけれど、作品を作る技術とそれを一番感情を込めて演じる力があった。
後ろで見ていて、感無量であった。
もっとも、このレベルの作品を毎月作るのは厳しいだろう。5本に1本いいのができたら十分だ。
しかし何と素晴らしい。
結局、前座、二つ目は未熟である。それならば未熟の出し方が問われると思う。
そういう意味であの落語は、最高峰の未熟の出し方だったと思う。夢七自身の人生と、彼の未来がみえた。
恩着せがましくいう気は毛頭ないし、あいつの才能であろうが、あの瞬間、彼の人生のコンプレックスが少しだけ昇華されたのではないか。落語家になるべき人間だったと思う。
そういう落語を去年見れた事に感謝。
明日は小笑兄さんについて