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日常と、鉄道模型の部屋・待避所

30代後半に鉄道模型スタートした後発組。国鉄型中心の車両収集と昭和認定を主体とする(おい)ブログ。そんな昭和のオヤジ趣味のページ。(Yahoo!ブログ転属組)

むかし子供の頃八高線のキハ30に、親と乗っていた。

その時に「川越線お乗り換えです」とアナウンスが入った。

色は山手線と同じ、しかも高運転台だった。

「川越線は良い車両入れているな」と感じた。

 

【TOMYTEC】川越線 103系3000番台

子供の目にはエセ103系だとは思っていなかった。

屋根の関係上、非冷房には見えなかった。小学校3年の話。

 

八高線と比べて進んでいる(電化)と感じた物だったが、まさか73系を起源とし101系の解体部品をベースに103系化されているとは思わなかった。

 

元々4両だった72系、相方はどこに行ったかというと、我が地元路線の4連化の際に使われた。

確かにドアエンジンカバーの見た目が違う、少し高いドアには鉄の取っ手が付いていた記憶はあるが、色は朱色だった。

 

そんな子供の頃の思い出が、模型化されたのである。

 

ホント一瞬しか見ていないが、子供の記憶は強い。

 

以上、「川越線103系3000番台」でした。