冬から春へと装いを変えた爽やかな風を縫って多くのアスリートたちがゴールを目指していた。気温14℃、雲一つ見当たらない晴天、走るには絶好のマラソン日和だった。
マラソンを愛する者であれば、一度は走ってみたいと思うほど、このボストン・マラソンは数ある大会の中で最も歴史の古いマラソン大会である。が然し誰もが参加出来る訳ではなく、過去のレース記録によるハードルが年齢枠ごとに高く定められており、良い記録を出さなければ参加出来ないと言う、ランナー泣かせでも有名である。
4月15日の月曜日、世界各国から約2万7千人がエントリーすると言う過去に類を見ないほどの大規模な設定の中で大会は幕を開けた。その輝くゴールに悪魔の手先が風に紛れて待ち構えている事も知らずに…。
事件が発生したのは大会がスタートしてから6時間後の午後3時過ぎの事だった。ゴール直前の観客席が設定されている歩道のゴミ箱で1回目の爆発、オレンジ色の火柱と共に爆発音が会場を揺るがし、白煙が高々と舞い上がって行く。
そしてその約10数秒後に2回目の爆発。それはランナーから見れば、ゴールより少し手前の別の場所であった。
ゴールを目前にし、笑顔を浮かべる者、手を高々と宙に向けながら、完走の喜びをを全身で表している者。それを拍手と歓声で迎えいれる観衆たち、走者と観衆が一体となって大会の喜びに浸っている矢先の事であった。
飛び交う怒号そして悲鳴…瞬時にして会場は戦場の如く修羅場と化して行った。この爆破事件を知ったオバマ大統領は「複数の爆発物によるテロ行為」と言明。
死者3名、負傷者約180名に及ぶ大惨事となったこの連続爆破テロ事件により、アメリカ全土が大きく震撼した事は言うまでもない。
死亡した3人のうちの1人は、家族5人でこのマラソン観戦を楽しんでいた僅か8歳の無垢な少年であり、家族のショックも然ることながら悲しみに暮れるアメリカ市民に与えた影響は計り知れない。
事件発生当初は情報が錯綜し、勢い余ったマスコミが「容疑者を逮捕」などと一旦報道するも、FBIが「そのような事実はない」と否定する場面などもあり情報と捜査が混乱を極めていたが発生から数日経った現時点では爆発に使われていた火薬や材料なども明確になって来ている。
然し、その内容を知る限り余りにもわたしたちの生活に身近なものだっただけに更にショックは隠し切れない。
犯行に使用されたのは圧力鍋であり、更に殺傷能力を高める為の材料として、釘、BB弾、ボールベアリングなどの金属片だった。そしてまたその爆弾の製造方法が国際テロ組織「アルカイダ」関連のウェブサイトで紹介されており、作ろうと思えば相手を選ばないと言う実に空恐ろしい状況まで見えて来ているが、裏を返せば誰もがテロリストになり得る事を証明したようなものである。
このような爆発テロ事件が起こる度に、わたしたちはイスラム過激派などと結びつけてしまいがちであるが、それは早計だと今回の事件は教えてくれているような気がしてならない。
この事件の背後関係などを調査してみても今のところ犯行声明も出ていないし、爆薬の質や量などから察するに背後に組織的テログループの存在は見当たらない事から、個人及び少数の人間が関与しているのではないかと思われる。
テロの定義はなんだ?と訊かれてても、わたしには即座にそれに見合う応えが出て来ない。わたしから見れば、「秋葉原無差別連続殺傷事件」もまた「テロ」と同類だと思えて来るのである。つまり日常の中に潜む狂気こそ最も危険極まりないテロだとも考えられるからだ。
ターゲットや場所など、そして犠牲者の数で決め付ける事は出来ないし、未遂に終わったとしても行為に及ぶまでの過程も含めてテロだとわたしは思う。
今回の事件では警備の甘さが指摘されているが、観衆も含めると100万人近い規模になる事からすれば、如何にテロ対策が困難であり、増員増強を重ねても見落としてしまうと言う「ソフトターゲット」に対する懸念が現実となって姿を現した結果なのだろう。
