東日本大震災の発生から3週間以上が過ぎ、被災地では復興の動きが徐々に見え始めて来ているが、1万5千人以上の行方が依然不明のままであり、陸、海、空の三方向から懸命の捜索作業が続いている。
希望と言う灯りを根こそぎ奪い去った地震と津波の傷跡は、想像を絶する悪夢としか言いようがない。
然し、瓦礫の山が連なる中で奇跡的に救助された老人と少年。そしてつい先日、海上を漂う瓦礫の中から一匹の犬が隊員たちの手によって救助された。
これらの明るいニュースは絶望の海、川、陸が広大に連なる中で、一筋の光明を現地に与えるものでもあり、最後の最後まで諦めない希望と力が齎した奇跡ではないだろうか。
その一方で福島第一原発事故では新たな問題が次々と発生し事故の長期化は免れず、より一層の不安材料ばかりが目立っている状況である。
原発事故の影響で体調を崩した東電社長のピンチヒッターとして登場した東電会長の会見は、謝罪の言葉だけが記者団の前を空虚に木霊するばかりで、神に縋りたい気持ちを抑えるのがやっとと言う、懺悔の表情が印象的であった。
問題の2号機では、燃料棒の損傷により、高濃度の放射性物質を含む冷却水が漏れている模様で、タービン建屋外の「トレンチ」に溜まった汚染水に続き、2号機取水口付近の「ピット」と呼ばれる部分でもやはり高濃度の放射能汚染水が大量に海に流れ出ていることが確認され、「給水ポリマー」等を使った汚染水食い止め作業が続けられたが効果は殆どなく作業は失敗に終わっている。
原発事故が発生してから、一体どれだけの放射性物質が海や空気中に流れ出て行っただろうか、「塵も積もれば山となる」と言うように、現在でも大量の汚染水が海を漂い続けている現状を踏まえれば、「直ちに」や「想定外」は最早通用しないレベルである。
ヨウ素131、セシウム134、コバルト56、プルトニウム等、日常からは一切関係ない筈の放射性物質が今や人々の日常生活を脅かすほど身近な存在となり、原発事故の恐怖をあらためて認識せしめるものである。
現場で作業に当たる東電社員や関連会社、自衛隊員たちの安全性が何処まで保たれているのか疑問は尽きなく、放射線被ばく測定に不可欠な測定器が作業員全員に行き渡らないと言った、最も基本的な安全確保がないがしろされるなど東電本体の根幹が揺らぐ事態も招いている。
作業員確保のため、日当40万と言う高額金を出しても断られてしまうのは、汚染された現場の悲惨さを物語っているだろうし、世界中が固唾を飲んで見守る日本の原発事故は既に日本だけの問題ではなく、これは地球規模で解決して行かなければならない、未来からの人類に対する挑戦状なのかも知れない。
