赤ちゃんポストは誰のもの。 | プールサイドの人魚姫

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うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


パパ 大人の都合に合わせたような結果を招く事は設置当初から懸念されていた事だったが、それが早くも現実となってしまい真に残念である。父親に付き添われてポストに投函された赤ちゃんは既に3歳であった。
この年齢に達していれば善悪の判断も多少は理解でき、大人との意思疎通も問題なく出来る。既に人間としての基本的な人格は整いつつあるこのような子どもがポストに預けられた事について、関係者のみならず、擁護派、反対派の意見を持つ人々に今後の赤ちゃんポストの運営に一抹の不安を抱く結果となった。
この先も同じ様な事例が増加するとなれば、日本は育児放棄大国になってしまう。親がいない或いは育てられる環境にない場合、その子どもを受け入れる施設は昔から存在している。わたしは小学校低学年の時、孤児院に預けられそうになった経験がある。
家庭と呼べる環境になかった子ども時代、過去の記事でも書き連ねているので知っている方も多いと思う。父はわたしが生まれた時から既に育児放棄に走っており、祖母が病気で亡くなった後の父との二人暮らしは想像を絶するものだった。それに見かねた福祉課の職員がある日突然やって来て父と話し込んでいた。わたしは庭の奥で遊んでいたが、父が大声で「とし坊ちょっと来い」と呼ぶ。大きな声でなければ聞こえないほど庭は広かった。
スーツ姿の男が二人微笑みを浮かべながら声を掛けて来る。「俊樹君、少し話しがあるんだけど…」父は縁側に座り込み既に酔っていた。酒の力を借りなければ話しが出来ないほどの内容だったのだろうと思った。銀縁眼鏡の奥で怪訝そうな視線を投げかける職員たち。
父との間では話しが既に着いているようだった。父が言った「とし坊、みかたっぱらへ行ってみるか?」これまでに幾度となく聞いた言葉、酔うたび或いはわたしが悪戯した時には必ずといってよいほど「みかたっぱらへ入れちまうぞ」と脅すのだ。その言葉を耳にする度わたしの心は霜柱のように凍り付き、酷く痛んだ。職員が説明をする。「俊樹君、三方ヶ原は知っているよね?」「俊樹君の為と思って話すんだけど…」父も職員もぐるになっているとわたしは思った。三方ヶ原には親のいない子どもを預かる施設がある。
「とし坊、どうする?」赤ら顔の父は酒に酔いながらも穏やかな口調で話しかける。日本酒の臭いがツーンと鼻の奥にまで届く。結果はわたし次第なのだと思った。そして一つ返事で何の躊躇もなく「いやだ!」と答え、庭の奥へと走り去った。
確かに父はだらしなく仕事もせず満足に食事すら与えてくれない。しかしわたしにとってはたった一人の肉親。そして紛れもなく父親だった。わたしはこんな父でも離れて暮らす事の方が辛いと思っていた。酔って殴る蹴るの暴力で痣だらけになっても、父の事を大好きだった。
子どもの視線から大人(親)をみればそれに取って代わる存在はない。誰しも最初から子育てに自信がある者などいない。そして愛し方も人それぞれ違う。人間の数だけ愛し方があり、育て方もある。手本などは要らないし、いい子に育てる必要もない。親になる事は人生の通過点の一つ。一生が勉強だと思えばよい。欲をかくな、汗を流せ。子どもを産んだら最後まで責任を持て。それが人間の本来在るべき姿なのだ。時には自分を捨てる覚悟も必要なのだ。