私をスキーに連れてって。 | プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


スキー 今年は例年にない暖冬で各地のスキー場は雪不足に頭を抱えているだろう。東京の空にもいまだ雪の足音は聞こえない。それよりも春一番が吹いてしまった。このまま雪を見ずに春を迎えてしまうのだろうか。やはり異常気象の影は冬の空にも影響を与えているようだ。わたしが最も苦手とするスポーツがスキー、スケート。滑るものは駄目である。と言っても心臓の悪いわたしに出来るスポーツなどごく僅かであるが。10代~20代にかけては病気はあるものの、結構健常者と同じようにスポーツは楽しんでいた。若さは恐さを知らないという利点がある。場合によってはそれが暴走して命を落とす結果に繋がる時もあるが、時には病気を忘れる事も必要。そのわたしが初めてスキーを体験したのが16歳の時。会社の先輩たちと一緒に長野県の白樺方面に2泊3日でスキーに出かけた。スキーウェアなど今のようにお洒落な物は持っておらず、月給3万円のわたしに新たに購入出来るはずもなかった。スキー板も先輩の使い古した物で済ませ、スキー靴などもなく普段履いているスニーカー、服装はジーンズと厚手の上着のみ。それでも毛糸の帽子だけはそれらしい物を用意した。昼頃到着したスキー場には人影もまばらで、初めてのわたしにとっては、スキーってこんなものなのか?と疑問だらけだった。雪は少なく描いていたイメージとは程遠く、サクサクと雪の上を歩けるのかと思いきや、雪は凍って氷のようになっており、板を担ぎながら必死で転ばないよう上え上えと足を運んだ。人工降雪機が大きな音を響かせ回転している。情緒のない風景に少しがっかりしながらもスキー板に自分の靴を金具で固定する。滑り方など何も知らないわたしは人の真似をしながら滑って見る。滑っては転び、その連続で身体中に青あざが出来たのではないかと思った。基本であるボーゲンなるものを先輩から教えて貰ったのは時間が随分経ってからだった。スキーに最適な雪はやはり北海道だろう。パウダースノー(乾燥粉雪)が理想である。そんな雪質などを考えている余裕はなく、如何に転ばず前に進めるか、ただそれだけだった。何故かスキー場にいる女性がみんな美人に見えた。わたしの転んだ後にはジーンズの青い色が真っ白なパレットに滲んだように浮かび上がっていた。次の日は車山だった。遠くに浅間山が見え、微かに山頂から煙らしきものが流れていた。昨日とは随分変わって、大勢のスキーヤーで賑わっていた。避けることも出来ないわたしには当然方向転換が上手く出来ない。そのまま相手に向かってぶつかってしまうのである。この大きなスキー場で偶然にも中学の同級生と出会った。向こうもさすがにびっくりしていたが、わたしもかなり驚いた。たった二日のスキー初体験…。あれから30年以上経つが、最初で最後のスキーとなった。今では骨折や怪我などの危険があるスポーツは禁止されている。それでももしチャンスがあればもう一度滑ってみたいと思っている。その時はベテランスキーヤーの家内に教えて貰おうと思う。