長州小力、パラパラでラリアット(動画) | プールサイドの人魚姫
長州小力がTVに登場したばかりの頃、私は彼が余りにも長州力本人に似ているので爆笑した。大元の長州力を知っていれば通用するし、プロレスファンには受けたであろうが、長州力或いはプロレスに興味がない人にとって見れば「何コイツ?」となる。長髪に上から下まで黒姿、おまけに腹は出ているしただのデブとしか思えない。しいてあげれば通用する言葉は「切れてないですよ」くらいだろう。今はお笑いからバラエティ、アニメ、CMと長州小力は長州力より知名度は高いかもしれない。小力パラパラは年齢に関係なく人気があるし、おそらく本人はこんなに売れるとは思っていなかったと思われ、一番ほっとしているのではないだろうか。思えば22年ほど前1984年頃になると思うが新日本プロレスが絶頂期を迎え、開場はいつでも超満員。実況アナウンサーは古舘一郎、リングを湧かせていたのはアントニオ猪木はもちろんの事、初代タイガーマスクがリング狭しと飛び回っていた。初代IWGPのチャンピオンを決める決戦では猪木とハルク・ホーガンの一戦。シナリオは猪木が初代王者となりベルトを腰に巻く筈だったが、結果は猪木が失神し一時は命まで危ぶまれていた。ベルトを取り王者に輝いたホーガン、喜びに飛び上がってもよいはずが顔は神妙で笑顔などなく、リング上で舌を口からだらりと出した猪木の姿を心配そうに見詰めていた。闘魂伝説を受け継いだレスラーは数多い。猪木・藤波・長州と3人でタッグを組んだ試合で何を血迷ったか長州が藤波に行き成り張り手一発。猪木はそれを呆然と見ていたが仕掛け人のプロでもある猪木の事だから、これも計算の内だったのかも知れない。長州は当時アメリカ遠征から帰国したばかりでリングネームも違っていたと思う。アマレス出身のエリートコースを歩んで来た長州とは対象的に藤波辰巳は中学を卒業後間もなく猪木に弟子入り。叩き上げの職人レスラー。身体はまだ小さくジュニアで活躍していた。猪木のプロレスを見事に受け継いだ一人でもある。そしてこの藤波と長州の熱き闘いが始まったのである。「俺は藤波の噛ませ犬じゃない」と宣言。絶好のライバルがこうして誕生したのである。最近プロレスを殆ど見ていないので日本のプロレス界はどうなっているのだろう。前田明日や高田延彦がまだ細くて可愛く見えた時代が懐かしい。

