#531 椎名誠『哀愁の町に霧が降るのだ』 | 漂流バカボン

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自分の中で「日本三大椎名」と言えば、椎名林檎、椎名桔平、そしてもう一人が作家の椎名誠です。

 

自分が椎名誠の作品と最初に出会ったのは、確か中学生の頃。

作品と言っても小説ではなく、『さらば国分寺書店のオババ』というエッセイでした。

 

椎名誠のエッセイ、当時は東海林さだおや南伸坊、嵐山光三郎などの文章に共通するくだけた文体から「昭和軽薄体」と呼ばれていましたが、もともと子供の頃から東海林さだおのエッセイに親しんだ自分にとって、椎名誠の文体は親しみやすいものでした。

 

『さらば国分寺書店のオババ』は、椎名誠が「国分寺書店」の店主であるオババに対する愛憎を綴ったエッセイでしたが、このちょっと意地の悪そうな「オババ」の描写が非常に面白くもリアルで、まるで読み手の眼の前にオババがいるような気分になったものです。

 

そんな椎名誠が、自分自身の高校時代から就職までの青春時代を書いた作品が、『哀愁の町に霧が降るのだ』です。

 

 

この作品は、椎名誠が自分自身の高校時代から、「克美荘」というオンボロアパートでの共同生活を経て、とある業界新聞社へ就職していくまでを描いた「青春記」です。

 

しかし、青春時代の話に紛れて現在の自分の近況を描いたエッセイが紛れ込んだり、青春記に登場していた人物が現代編にもでてきたり、物語はちょっと複雑な構造になっています。

 

ただ、だからと言って読み辛いなんてことは全くなく、一旦読み始めると面白くてどんどん読み進んでしまいます。

 

地元との不良やヤクザの子分との闘争に明け暮れた高校時代。

 

沢野ひとし、木村晋介、イサオらと一緒に過ごした「克美荘」での情けなくも面白い日々。

 

そして彼らもやがてそれぞれの道へと別れていく・・・。

 

この青春記には、青春によくある恋愛やロマン、美しき煩悶などはほとんどありません。

 

むしろ、日常を怠惰に送りながら、有り余るエネルギーだけを持て余しつつ毎日を這いずり回る青年シーナの行いが、時には可笑しく、時には哀しく、時にはドギツく描かれています。

 

また、シーナの周りに存在する友人や様々な怪しい人たち。

これら登場人物との様々なエピソートが、(もちろん後からの創作も若干はあるでしょうが)とても生き生きと書かれており、またその頃の彼らの生きた昭和30年〜40年代の日本の街の様子も、この物語を読めば、(自分もまだ生まれる前の時代なのにもかかわらず)ありありと眼の前に蘇ってくるような気がします。

 

そして、こんな青春時代を送った椎名誠を、とても羨ましく思います。

 

自分がブログを始めた頃に紹介した『ショージ君の青春記』と並び、この本は青春記の傑作といえる本だと思います。