先日、強度行動障害の状態にある長男の外出支援の中で、

ある出来事がありました。

詳細はここでは書きませんが、
長男がパニック状態となり、
周囲の方へ接触してしまったのです。

幸い、お怪我はありませんでした。

もちろん、
同行したヘルパーさん達は、
すぐに説明と、

謝罪をしようとしました。


しかし、その後、
被害者のご家族から、

非常に強いお叱りを受けました。

・「外を歩かせるな」
・「もうここに来るな」
・「屈強なSPのような人を付けて歩け」
・「私たちは障害者を理解することはない」


そのような内容でした。

私は、
このお気持ち自体を、
全否定するつもりはありません。

突然接触されたら、
怖いですし、
腹も立つでしょう。

それは当然だと思います。


ただ、
障害のある子を育てる親として、
どうしても考えてしまうことがあります。

それは、

👉「社会参加そのものを否定する言葉」

の重さです。



◇「来るな」という言葉

強度行動障害の状態にある方の支援では、
実は、この種の言葉は珍しくありません。


私たち家族も、数限りなく言われた言葉です。

例えば

・「公園に来るな」
・「外を歩くな」
・「家に閉じ込めておけ」
・「どこか遠くの施設に連れて行け」

というものです。

 


そう言われると、
深く傷つき、
外出そのものが怖くなってしまう

障害者の子供を持つ

ご家族もいます。

特に、
毎日、必死に支援している、

お母さん達は、


真面目な方ほど、

「自分が悪いのではないか」

と、
全てを背負い込んでしまう。
こともあります。

そして、

その一言で心が切れ、

本当に引き籠り、

自宅で過酷な生活を

送っている方々もいるのです。

 

言葉は時に

 

👉「凶器」

 

となることもあるのです。



◇「完全なゼロリスク」は存在しない

私達は、
何も対策をしていない訳では、

ありません。

強度行動障害の状態にある子は、

日々、生活の中心にあり、
様々な努力をしています。

ヘルパーさんが付き、
距離に配慮し、
周囲に気を配り、
外出支援をしています。

それでも、
強度行動障害の支援では、
突発的な行動を、
100%防ぎ切ることは出来ません。


それは、例えば、

自動車を運転していて

事故を100%防ぐことはできない

のと同じです。

 

その場合、

社会は自動車を排除するのでしょうか?

 

いえ、私たちは自動車を排除せず、

リスクを承知で使っています。

 


だからこそ、

👉「どうやって社会の中で共に生きるか」

常に考え続けているのです。



◇腕章を作った理由

以前、このブログに書いたように、
私は、外出支援用の

 

👉「介助中」腕章

 

を作りました。

 

 

それは、

👉「周囲の方へ自然に配慮をお願いする」

ためです。

・少し距離を取っていただく
・道を開けてもらう

・避けてもらう
・空気が悪くなる前に伝える

そういう、
小さな工夫の積み重ねです。

私は、
強度行動障害支援とは、

👉「隔離」

ではなく、

👉「摩擦を減らす工夫」

だと思っています。

 

すなわち


社会から隠れるのではなく、

社会の側にも、

 

👉 少しだけの”スペース”

 

を空けてもらうための知恵。

 

この姿勢こそが、

真の「共生」の形だと思います。
 



◇共生社会を創るために

私は、強度行動障害の状態を見た方の
「怖かった」という感情を

否定したい訳ではありません。

でも、

👉「怖かった」
 

と、
 

👉「だから社会から排除して良い」

は、
全く別問題です。

障害のある方も、
そのご家族も、
支援者も、
社会の中で生きています。

その中で、
どうすれば、
少しでもお互いが安全に、
穏やかに過ごせるのか。

私は、
これからも、
現場で考え続けたいと思います。