私は世界史が好きなのですが・・・
中国史を学んでいると、
「なるほど」と思わされることがあります。
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◇”秦”から”漢”へ
中国で
秦の始皇帝による統一
によって天下統一が成し遂げられた後、
秦はわずか15年ほどで滅びます。
その後に成立した前漢。
この前漢初期が、
実に興味深いのです。
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◇黄老思想による統治
前漢初期は、
「黄老思想」(こうろうしそう)
という考え方をベースに、
国家統治が行われました。
「黄」は、
中国の伝説上の理想的帝王、「黄帝」
「老」は、諸子百家の一人「老子」
つまり、
黄帝の政治思想と、
老荘思想の「無為自然」が結びついた
国家統治思想なのです。
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◇統治しすぎない統治
黄老思想の特徴は、
一言で言えば、
👉 「統治しすぎない統治」です。
特に、
文帝と景帝の時代は有名で、
・ 税負担を軽減
・ 刑罰を緩和
・ 民間経済を尊重
・ 大規模戦争を避ける
といった、
かなり「静かな政治」が行われました。
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◇黄老思想による統治が上手くいった理由
なぜ
それがうまくいったのでしょうか?![]()
理由は、
前の秦による統治が厳しすぎたからです。
秦は、
「法家思想」を中軸に据え、
・厳格な法
・重税
・強権的な支配
によって、
中国を統一しました。
しかし、
それによって民衆は疲弊し、
崩壊してしまいました。
管理しすぎると、
短期間で崩壊する典型です。
そこで前漢は、
「国家が出しゃばりすぎない」
という方向へ舵を切ったのです。
秦の統治の反動で
黄老思想による統治は
上手く行ったというのが定説です。
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◇70年続いたという事実
この黄老思想による統治、
期間にしておよそ70年続いたそうです。
70年。
決して短くありません。
秦の15年に比べるととても長い。
「強く管理すること」だけが、
国家を安定させるわけではない。
歴史は、
そう教えているようにも思えます。
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◇その後の統治OSの転換
しかし、
前漢はその後、武帝の時代に
大きく変わります。
儒教を国家統治のOSとして採用し、
中央集権化を進めていきました。
そして、
それ以降の中国の知識人の思想は、
👉 表は”儒教”
👉 裏は”老荘思想”
と言われるように
なったそうです。
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◇中国の方の本音と建前
これが、
何とも面白い。
儒教は、
・秩序
・礼
・組織
・責任
を重んじます。
一方、
老荘思想は、
・自然
・無為
・執着しない
・力みすぎない
という思想です。
つまり、
👉 表では秩序で組織を維持しながら、
👉 内面では自然体を保つ
そんなバランス感覚が、
中国思想には脈々と流れているのでしょう。
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◇現代の組織運営もバランスが大事
これ、
現代の組織運営にも、
通じると思います。
管理しすぎると、
人は疲弊します。
しかし、
放任しすぎても、
組織はまとまりません。
そのバランスをどう取るか。
2000年以上前から、
人類は悩み続けているのかもしれませんね![]()
日々、様々な企業の数字や組織体制を拝見していても、
「ガチガチのルール(法家・儒教)」と
「現場の自主性(老荘)」の
最適なブレンド具合を見つけた企業こそが、
長く安定した成長を遂げているように感じます。
