梅の花が散り始めると、

確定申告シーズンも真っ盛りですね。


この時期になると、
テレビのコメンテーターなどが、

「税金を“とられる”」

という表現を使うことがあります。


でも、私はその言葉を聞くたびに、
少しだけ違和感を覚えます。

税金は「とられる」ものではありません。

税金は、自ら「収める」ものなのです。



■ 「とられる」という誤解

「とられる」という言葉には、

・国が計算して
・国が決めて
・国が通知して
・国が取り立てる

というイメージがあります。

これは「賦課課税」という仕組みを、

イメージしているかのようです。

しかし、日本の確定申告は、
それとはまったく違います。



■ 確定申告とは何か

確定申告とは、

申告書を提出した時点で、
税額が「確定」する制度です。


つまり、

✔ 納税者が自ら計算し
✔ 自ら申告し
✔ 提出したその時点で確定する


という仕組みです。

決して、税務署がチェックし終わった段階で
確定するのではありません。

提出した瞬間に、
法律上、税額は確定するのです。



■ では、税務署が「違う」と言いたい場合は?

もし税務署が、

「この税額は違う」

と修正したい場合、どうなるのでしょうか。



答えは明確です。

📌 税務署側が
📌 間違っている証拠を提示しなければならない

つまり、
挙証責任(証拠を出す責任)は
課税当局側にあります。


これは非常に大きな意味を持ちます。



■ 世界では当たり前ではない

実は、この制度は世界標準ではありません。

多くの国では、

・税務当局が「違う」と言えば
・納税者側が「正しい」ことを証明しなければならない

つまり、

挙証責任は納税者側にある国の方が多数派なのです。

その意味で、

日本の「申告納税制度」はかなり少数派。

そして――

非常に民主的な制度なのです。



■ 申告納税制度という誇り

このように、
日本は「申告納税制度」を採用しています。

 

 

これは、

「国家が国民を信頼している」

という前提の上に成り立つ制度です。

だからこそ、

✔ 納税者が自ら確定させ
✔ 国家がそれを尊重し
✔ 修正するなら国家側が証明する

という構造になっています。



これは、

単なる税務技術の話ではありません。
民主国家の思想そのものです。



■ 税金は「とられる」ものではない

確定申告は、

「とられる」ために行うのではありません。

自ら計算し、
自ら責任を持ち、
社会に参加するために行うのです。

税金は、
国家との契約の履行です。

だから私は、

「税金をとられる」という言葉ではなく、

「税金を収める」

という言葉を使いたいのです。


このように、日本の税制は、
以外にも、とても誇るべき制度なのだと
感じていただけるかもしれません。

📘 申告納税制度は、民主主義のかたち。

ですから、いつのまにか、

 

「私(国)が計算してあげますよ。楽でしょ?」

 

と甘い言葉をささやかれて、

申告納税制度が廃止されないように注意しましょう。


そんな思いを込めて。