恩師が亡くなって、そろそろ1年を迎えます。

 

磐城高校吹奏楽部と、故 根本直人 先生による
バッハ三部作――
• 2011年《トッカータとフーガ》
• 2015年《シャコンヌ》
• そして 2016年
《幻想曲とフーガ BWV 537(エルガー編)》

この三つは、単なるレパートリーの連なりではなく、
時間と想いが積み上がって完成した“ひとつの物語”だと、私は感じています。



■ 2016年――最後に選ばれた《幻想曲とフーガ BWV 537》

 

この曲は、元々、

バッハ作曲のパイプオルガン曲です。

最初にこの演奏を聴いたとき、
強烈に印象に残ったのは、前半の幻想曲のラストでした。

 


あれは、
高揚という言葉では足りない。
絶叫に近い盛り上がり――
押し殺してきた悲しみが、溢れ出てしまったかのような音。



■ エルガーがこの曲を編曲した「喪失の時代」

この曲を管弦楽に編曲したのは、
エドワード・エルガー。
 

誰もが知る、《威風堂々》で有名な作曲家です。

 

 

《幻想曲とフーガ BWV 537》の編曲の時期は 1921年。

 

泥沼の第一次世界大戦が終わった直後。
社会全体が深い喪失感に包まれ、
そして、エルガー自身もまた、最愛の妻アリスを亡くし、
創作意欲を大きく失っていた頃でした。

かつて底抜けに明るい《威風堂々》を書いた作曲家とは思えないほど、
内向きで、沈黙に近い時代。

 



■ 実は「分業編曲」のはずだった

興味深い逸話があります。

当初この曲は、
• 幻想曲:リヒャルト・シュトラウス
• フーガ:フーガ

という分業で編曲される予定でした。

ドイツとイギリス、

戦争で引き裂かれた、二人の関係を修復したかったようです。

ところが、
いつまで経ってもシュトラウスが仕事をしない。

結局、エルガーが
幻想曲も、フーガも、すべてを一人で編曲することになった。

今思えば、
それは偶然ではなかったのかもしれません。



■ 「救い」を求めるような編曲

エルガーは、この曲で、
感情を誇示しません。
勝利も、希望も、安易に示さない。

それでも――
エルガー編曲による、幻想曲の終盤には、
どうしても抑えきれないエネルギーが噴き上がります。

 

 

あれは、
救いを求める叫びだったのではないか。

音楽を書くことで、
もう一度だけ、
世界とつながろうとした――
そんな切実さを感じます。



■ 福島と重なる、もうひとつの「悲しみ」

そして私は、
このエルガーの背景に、
2016年の福島を重ねずにはいられません。

東日本大震災と原発事故。
癒えない悲しみ。
行き場のない怒り。

磐城高校吹奏楽部 と
根本直人先生は、
この曲に、
• 福島の悲しみ
• 抑え込まれてきた怒り
• それでもなお失われなかった輝き

を、込めて編曲したのではないでしょうか。

 

 

それが、フーガの最後、

あえて、伸ばしたフォルテシモの響きに、

全て表現されています。

 



■ 根本直人先生の「集大成」として

私は、
この《幻想曲とフーガ BWV 537(エルガー編)》を、

根本直人先生の集大成

として受け取っています。
• 2011年の《トッカータとフーガ》
• 2015年の《シャコンヌ》
• そして 2016年の《幻想曲とフーガ》

それぞれが、
時代の痛みを背負いながら、
音楽として昇華されてきた。

この曲には、

悲しみ
怒り
そして、なお失われない輝き

もはや「吹奏楽」というジャンルを超えて、
そのすべてが、
凝縮されている演奏のように思えてなりません。

 

悔しいのは、金賞を取らせてあげたかった・・・。

それだけです。



■ おわりに

バッハの音楽は、
時代を超えて生き続けます。

そして、
悲痛に暮れるエルガーがそれを編曲し、
根本直人先生が福島に重ね、
磐城高校吹奏楽部が楽器を鳴らしたとき――

それは、
祈りであり、叫びであり、記憶になった。

私は、この三部作を通して、
音楽が「生き延びるための行為」になり得ることを、
教えられた気がしています。

静かに、しかし確かに。