日々、数字と書類に向き合う中で、
「会計のルーツ」について考えることがあります。

私たちが当たり前のように行っている
記帳、証憑、確認、検算――
それらはいったい、いつから始まったのでしょうか。

実は、人類が最初に発明した「文字」は、
愛を語る詩でも、王の武勇伝でもなく、
「会計帳簿」から始まった

という説が、考古学の世界では有力です。

 

 



◇始まりは「羊」の管理から

紀元前3300年頃、古代メソポタミア。
当時の人々にとって最も重要だったのは、
• 誰が羊を何頭持っているのか
• 穀物をどれだけ納めたのか
• 何が倉庫に残っているのか

という、極めて実務的な管理でした。

最初は、粘土で作った小さな駒(トークン)を使い、
羊や穀物の数を表していたようです。

しかしやがて、それらを
粘土板に直接押し付け、記号として残す
方法が生まれました。

これが、文字の原型――
楔形文字(くさびがたもじ)の始まりです。

つまり、人類が「書く」という行為を始めた最大の動機は、
適正な財産の管理=会計だったのです。




◇世界最古の署名は「経理担当者」だった?

非常に興味深いエピソードがあります。

現存する最古級の粘土板の中に、
「クシム(Kushim)」という名前が刻まれたものがあります。

 

 

名前が判明している世界最古級の人物


彼は、王でも英雄でもありません。
ビールの配給を記録していた
経理担当者(管理官)だったと考えられています。

5000年以上前、
経理担当者が「正確な記録を残す」ために
署名をしていた。


その姿を想像すると、
会計に向き合う私たちにとって、
誇らしく、

とても嬉しく感じます。



◇「記録」が文明を支える

私が取り組んでいる「書面添付」、
そして日々の「巡回監査」。

これらは形を変えながらも、
人類の文明の黎明期から続く、

正しく記録し
検証可能な形で残し
信頼を築く

という、

人間社会の最も根源的な営み
受け継いでいるのだと感じます。

「書く」という行為の原点が会計にあるのなら、
私たち会計に携わる者の仕事は、
単なる事務作業ではなく、
「信頼の歴史を刻むこと」
そのものなのかもしれません。

 

粘土板に記帳された会計帳簿は、

それこそ、トレーサビリティが確保された優良粘土板帳簿。

数千年も消えることなく記録を保存しています。

 

この記録の証拠力を元に、

その頃の商人は、

商取引のトラブルを回避していたのでしょうか。

歴史ロマンですね。



◇古代メソポタミアに見る「複式簿記の原型」

もちろん、現代の複式簿記(借方・貸方)

そのものではありませんが・・・

しかし、その原型となる
「対照的に記録する発想」は、
すでに5000年前から存在していたようです。

① 二元的な記録の誕生

紀元前3000年頃の粘土板には、次のような工夫が見られます。
• 表に「受け取ったもの」
• 裏に「払い出したもの」
• 左右に列を分けた記載

さらに、

期首在庫 + 入庫 − 出庫 = 次期繰越

という、
現代の私たちが、

簿記で当たり前のように使う、

いわゆる棚卸資産の計算方法が、
すでに存在していたようです。



② Debet と Credit の感覚

「借方」「貸方」という言葉の語源は、後世のラテン語ですが、
• Debet(負っている/義務がある)
• Credit(信じる/預ける)

古代メソポタミアの記録にも、
単なる物の移動ではなく、

誰が
誰に対して
何を負っているのか

という債権・債務の意識が、
はっきりと刻まれています。

文字が生まれた瞬間から、
人間は「貸し借り」を
記録せずにはいられなかったのです。



③ 5000年前の「監査」と「保証業務」

さらに面白いのは、
当時の粘土板には、
• 記録者とは別の人物による
• 検算の印
• 合計が一致していることの確認

が見つかっている点です。

これはまさに、

「その記録は、本当に正しいのか?」

を第三者が担保しようとする行為。
つまり会計監査に近い行為が

5000年前に存在したということです。

「書面添付」や「巡回監査」の精神は、
文字の誕生とほぼ同時に始まっていた
と言っても過言ではありません。



おわりに

文明は、ギルガメッシュ叙事詩のような、

物語や詩から始まったのではありません。
まず、「会計帳簿」がありました。

「会計帳簿」があったからこそ、
人は社会を築き、
やがて詩や神話を語れる余白を
手に入れたのだと思います。

すなわち、

「会計帳簿」は、5000年前から、

安定した社会を構築する、重要なインフラなのです。

5000年前の経理担当者と、
今日、数字に向き合う私たち。

時代は違えど、
「正しく記録し、信頼を残す」
という使命は、
驚くほど変わっていないのかもしれません。

 

誇らしく、
そして静かに背筋が伸びるような気持ちになります。