私がプロコフィエフの音楽に初めて本気で出会ったのは、
高校1年生のときの吹奏楽部でした。
コンクールの自由曲が、
プロコフィエフ《スキタイ組曲》。
※当時の私たちの演奏です💦
今思い返しても、聞き返しても、
高校生が取り組むには、あまりにも難曲です。
当時の私は、3rdクラリネットでしたが、
ただただ楽譜に必死で食らいつくのが精一杯。
不規則なリズム、
容赦なくぶつかる不協和音、
どこに着地するのか分からない音楽の流れ。
そして何より、
それを平然と、いや、楽しそうに吹きこなす先輩方の実力に、
ただただ圧倒されていました。
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■ 不協和音が「嫌い」にならなかった理由
普通なら、
「難しかった」「よく分からなかった」で終わってしまいそうな体験です。
でも、不思議なことに、
私はプロコフィエフの不協和音を「嫌い」にはなりませんでした。
むしろ、
「この音楽、何かを言っている」
「きれいごとじゃない“本音”がある」
そんな感覚が、ずっと心に残ったのです。
それ以来、
プロコフィエフ独特の、
少しトゲのある、けど美しい不協和音、
皮肉を含んだような明るさが、
私の中で“好きな音楽”になっていきました。
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■ 何度も聴きたくなる曲
交響曲第5番・第4楽章
プロコフィエフの作品の中で、
今でも特に好きなのが、
交響曲第5番 ニ長調・第4楽章です。
この楽章は、とにかく明るい。
疾走感があり、エネルギーに満ちています。
それを、終始、クラリネットが先導して引っ張っていきます。
でも、ただの「祝祭」ではありません。
よく聴くと、
・どこか落ち着かない
・同じ音型が執拗に繰り返される
・高揚しているのに、少しニヒルに笑っているようにも聴こえる
まるで、
混とんとした世界を、皮肉っぽく笑っているような音楽です。
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■ 勝利の音楽か、皮肉の音楽か
この曲が書かれたのは、1944年。
スターリン政権下のソ連で、
第二次世界大戦の戦勝を祝う文脈の中に置かれた作品です。
当時、熱狂的に支持されたそうです。
では、プロコフィエフは、
・心から祖国の勝利を喜んで書いたのか
・それとも、どこかに皮肉を忍ばせたのか
正直なところ、
それは分かりません。
でも私は、この第4楽章を聴くたびに、
「これは単純な“万歳”ではないな」
と感じます。
明るいけれど、どこか無理をしているような明るさ。
勝利を宣言しながらも、その裏にある疲労や不安を、
音楽が隠しきれていない。
その二重構造こそが、
プロコフィエフらしさであり、
この曲を何度も聴きたくなる理由なのだと思います。
プロコフィエフは、スターリンと全く同じ日に亡くなり、
葬儀は、それこそひっそりと行われたということです。
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■ 今の時代に、なぜ響くのか
混とんとした時代。
簡単に「勝った」「うまくいった」と言えない世の中。
それでも、
少し無理をしながら、
前を向いて進んでいかなければならない現実。
交響曲第5番・第4楽章は、
そんな今の世界と、不思議なほど重なります。
高校1年生のとき、
スキタイ組曲に必死で食らいついていた自分。
そこから何十年も経って、
今なおプロコフィエフの音楽に惹かれている理由は、
きっとここにあるのだと思います。
何かの節目に、
またふと聴きたくなる一曲。
これからも、
人生の折々で、
この曲に戻ってくるのでしょうね。
