今日は少し、深い話をしたいと思います。

「障害」という言葉を聞くと、
多くの人は“その人の中にある問題”と考えがちです。
けれど実は、それは昔の考え方。

現代の障害者法制の基礎は、
「社会モデル」という考え方に立っています。

 

今回の記事のテーマについては、一度、次のCOTENラジオを聞いていただくと、

分かりやすいと思います。是非、お聞きください。

 

 



🕊️ 障害は“社会の側”が作っている

社会モデルとは、
「障害は個人の問題ではなく、社会の側にある」
という考え方です。

たとえば、
足に障害のある人が階段を登れないのは、
本人の足のせいではありません。

エレベーターやスロープがない社会の設計こそ障害を生んでいる。

この視点のコペルニクス的転換こそ、
社会モデルの核心です。



この理念の原点は1959年のデンマーク。
バンク・ミケルセンという人物が、
「ノーマライゼーション(普通の生活の実現)」という考え方を法制化しました。

 

「ノーマライゼーション」の理念は、

障害者も健常者も、共に支え合って快適に暮らせるように、

「環境」に働きかける、というものです。

彼はナチスの強制収容所で非人道的な扱いを受け、
その経験から「障害があっても、普通に生きられる社会を」と訴えました。

この流れがスウェーデン、そしてイギリスに広がり、
マイケル・オリバーが1990年に「社会モデル」として体系化。
今や世界の障害者政策の基盤となっています。



うちの長男は、重度知的障害と自閉スペクトラム症、
そして強度行動障害の状態にあります。

彼のこだわりや行動は、
社会の仕組みの中では“問題行動”と見られがちですが、
本当は、自分を守るための表現なのです。

環境が彼に合わないとき、
音や光、言葉、空気の変化――
そうした“見えない刺激”に耐えられず、

自傷・他害などの行動障害が出てしまう。

でも、環境を整え、支援者が理解を深めれば、
驚くほど穏やかに過ごせるはずです。

つまり、問題は彼の中ではなく、社会の環境にある。
それが社会モデルの真髄です。



私は、この社会モデルは単に福祉の概念ではなく、
社会全体の成熟度を映す鏡だと思っています。

社会が誰かを排除する構造を持っている限り、
いつでも“新しい障害者”を生み出してしまう。

逆に、環境を整え、インクルード(包摂)することができれば、

障害という言葉の意味自体が変わっていく。

社会モデルとは、
全ての人をインクルードするために、

社会をどう設計するかという思想なのです。



私は思います。
強度行動障害のある人こそ、社会モデルの象徴です。

彼らが安心して暮らせる社会を作る努力は、
健常者を含めたすべての人が生きやすくなる社会づくりにつながる。

だから、私は息子を「社会モデルの伝道師」だと呼んでいます。



私は、息子の“軍師”として、彼の生きづらさと向き合いながら、
社会が少しずつ変わることを願っています。

いつか、強度行動障害の状態にある人が、
当たり前に町を歩き、安心して暮らせる社会に。

「障害とは、絶対性の無い、社会的認知」

私たちが「障害」をどのように認識するかによって、

私たちの社会における障害者の定義は変わっていくのです。