宮内亮治さんが書いた「虚構」を読んだ。
言うまでもなく、ライブドアの№2として、堀江被告を支えたライブドアの中心人物である。
彼は、私の一つ年下。税理士試験に合格したのも、開業したのも、ほぼ同じ時期であるだけに、どのような心境で、どのようにライブドアに関わっていったのか、興味があった。
彼が、ライブドアに入っていった心境。
税理士業が、虚業であるのかも知れない・・・ということ。
税理士業は、税法があってこそ成り立つ、制度頼みの職業。
宮内さんは、「食うには困らないが、何か物足りなかった。」と書いている。
渡部昇一氏も、その著作で、「優秀な日本人の若者が税理士のようなつまらない仕事に就くことを阻止しなければならない」という旨の記述をしている。
それは私も同じだった。
若い頃、同じような疑問にぶつかっていた。
仲間と共に、様々なところに勉強に行き、
人の話を聞き、本来あるべき税理士業とは何か?
本当に虚業であるのか??と真剣に考えた。
しかし、現実に仕事をしていて、顧問先の、ほんのささやかな仕事の中に、
私たちが真剣に関わることによって、ほんの少しでも、顧問先の現状が変化したことが、
何度もあった。
それであれば、立派な実業なのではないか?誇れる仕事なのでは無いか?
そう思った。
私の「中小企業ナレッジコンシェルジュ」構想は、その確信から生まれた。
「一隅を照らす、これ国の宝なり」という言葉がある。
人が生きて、一生のうちに成すことは、どんなに小さなことでも、大きなことでも、
それは、その人が生きていたことの証拠。
その価値に、差別は無い。
「宝」であり、それぞれが、王や長嶋と同じ「永久欠番」である。
大きな宇宙の目で見れば、ビルゲイツの偉業も、中小企業のオヤジさんの偉業も、
事務員さんの心を込めた仕事も、知的障害者の方が作業所で行う仕事も、
みな小さいということには、変わりない。
宮内さんの著作には、彼の、
「とにかく大きなことをやりたい。」
「ビッグになりたい。」
という、堀江被告と同じ価値観がにじみ出ていた。
今の私は、むしろ、そのことに「虚業」の臭いを感じてしまう。
言うまでもなく、ライブドアの№2として、堀江被告を支えたライブドアの中心人物である。
彼は、私の一つ年下。税理士試験に合格したのも、開業したのも、ほぼ同じ時期であるだけに、どのような心境で、どのようにライブドアに関わっていったのか、興味があった。
彼が、ライブドアに入っていった心境。
税理士業が、虚業であるのかも知れない・・・ということ。
税理士業は、税法があってこそ成り立つ、制度頼みの職業。
宮内さんは、「食うには困らないが、何か物足りなかった。」と書いている。
渡部昇一氏も、その著作で、「優秀な日本人の若者が税理士のようなつまらない仕事に就くことを阻止しなければならない」という旨の記述をしている。
それは私も同じだった。
若い頃、同じような疑問にぶつかっていた。
仲間と共に、様々なところに勉強に行き、
人の話を聞き、本来あるべき税理士業とは何か?
本当に虚業であるのか??と真剣に考えた。
しかし、現実に仕事をしていて、顧問先の、ほんのささやかな仕事の中に、
私たちが真剣に関わることによって、ほんの少しでも、顧問先の現状が変化したことが、
何度もあった。
それであれば、立派な実業なのではないか?誇れる仕事なのでは無いか?
そう思った。
私の「中小企業ナレッジコンシェルジュ」構想は、その確信から生まれた。
「一隅を照らす、これ国の宝なり」という言葉がある。
人が生きて、一生のうちに成すことは、どんなに小さなことでも、大きなことでも、
それは、その人が生きていたことの証拠。
その価値に、差別は無い。
「宝」であり、それぞれが、王や長嶋と同じ「永久欠番」である。
大きな宇宙の目で見れば、ビルゲイツの偉業も、中小企業のオヤジさんの偉業も、
事務員さんの心を込めた仕事も、知的障害者の方が作業所で行う仕事も、
みな小さいということには、変わりない。
宮内さんの著作には、彼の、
「とにかく大きなことをやりたい。」
「ビッグになりたい。」
という、堀江被告と同じ価値観がにじみ出ていた。
今の私は、むしろ、そのことに「虚業」の臭いを感じてしまう。