多摩大大学院の修士論文は一風変わっています。
数値や論理だけ、過去の学説の引用がほとんど、机上の論理、
こういった論文が評価を得ず、
実践と実行、実体験からくる、自分の人生そのもの、自分そのもの、田坂先生曰く「切れば血の出るような論文」が評価される。
今朝、携帯メールの整理を行っていたところ、
秋に多摩大を終えられた仲間による田坂講義のメーリングリストへの投稿が目に入った。
彼は、「自己革新」の研究をなさっていて、
ビジネス界で成功者と呼ばれる方を、
起業家、サラリーマンを問わず、実際にインタビューをし、
ご自分の体験と併せて、論文を書かれました。
その論文は、多摩大において、高い評価を得た、と聞いております。
この方は、インタビューの当初、成功者達は、強烈な失敗からくる自己否定体験により、気づきを得て、社会性のある高収益ビジネスを構築できたのだ、という考えを持っていたそうです。
しかし、インタビューを進めるうち、成功者達は、失敗からくる自己否定体験から始まるのは、想定通りであったが、
その直後の想像を超える「成功体験」があった。
つまり、例えば、その後、売上げが爆発的に伸びる、
その後、顧客やパートナーの絶大な信頼を得られる
といった体験から、大きな気づきを得ていた、ということを発見なさったそうです。
彼は、この発見について、こう論じています。
「そういう体験を真摯に受け止める。
つまり規模の大小を問わず、人の役に立てるか、社会の役に立てるか、
というところから真に考えることができたか。」
裏切り、造反、離反・・・・、
このビジネスの世界、ひいては私たちの人生においては、
想定外かつ様々な大失敗がつきもの。
他罰的になって、犯人捜しをし、犯人を攻撃し、
自分を守ることに終始するのか、
その事実を「真摯に」受け止めることができるのか、
それが分水嶺である・・・と。
思えば、「不撓不屈」の飯塚毅先生が、総額1億4千万円の国家賠償の裁判を起こさなかったのも、この分水嶺にさしかかったとき、成功の方向へ舵を切ったのでしょう。
私自身、私の小さな事務所の組織作りの大失敗から苦しんでいるとき、ある仲間から諭されたことがあります。
「こうなってしまった事実については、
君自身の責任を真摯に受け止めて、
その人を、本当に感謝の気持ちで送り出す、『本当に』ですよ。
本当に、『今まで、ありがとう』って。
そうすれば、もっと素晴らしい方が現れると思うよ。
・・・・ただし、今の気持ちのままで、送るとすれば、
また、数ヶ月後、数年後、同じ問題で苦しむと思うよ。」
その時、本当に、感謝の気持ちをもてたかどうかは、自信はありません。
ただ、あるささやかな気づきは得ることができたと感じます。
まだまだ、道は遠いが・・・・
朝の始まりの、友のウィークリーメッセージに感謝。
数値や論理だけ、過去の学説の引用がほとんど、机上の論理、
こういった論文が評価を得ず、
実践と実行、実体験からくる、自分の人生そのもの、自分そのもの、田坂先生曰く「切れば血の出るような論文」が評価される。
今朝、携帯メールの整理を行っていたところ、
秋に多摩大を終えられた仲間による田坂講義のメーリングリストへの投稿が目に入った。
彼は、「自己革新」の研究をなさっていて、
ビジネス界で成功者と呼ばれる方を、
起業家、サラリーマンを問わず、実際にインタビューをし、
ご自分の体験と併せて、論文を書かれました。
その論文は、多摩大において、高い評価を得た、と聞いております。
この方は、インタビューの当初、成功者達は、強烈な失敗からくる自己否定体験により、気づきを得て、社会性のある高収益ビジネスを構築できたのだ、という考えを持っていたそうです。
しかし、インタビューを進めるうち、成功者達は、失敗からくる自己否定体験から始まるのは、想定通りであったが、
その直後の想像を超える「成功体験」があった。
つまり、例えば、その後、売上げが爆発的に伸びる、
その後、顧客やパートナーの絶大な信頼を得られる
といった体験から、大きな気づきを得ていた、ということを発見なさったそうです。
彼は、この発見について、こう論じています。
「そういう体験を真摯に受け止める。
つまり規模の大小を問わず、人の役に立てるか、社会の役に立てるか、
というところから真に考えることができたか。」
裏切り、造反、離反・・・・、
このビジネスの世界、ひいては私たちの人生においては、
想定外かつ様々な大失敗がつきもの。
他罰的になって、犯人捜しをし、犯人を攻撃し、
自分を守ることに終始するのか、
その事実を「真摯に」受け止めることができるのか、
それが分水嶺である・・・と。
思えば、「不撓不屈」の飯塚毅先生が、総額1億4千万円の国家賠償の裁判を起こさなかったのも、この分水嶺にさしかかったとき、成功の方向へ舵を切ったのでしょう。
私自身、私の小さな事務所の組織作りの大失敗から苦しんでいるとき、ある仲間から諭されたことがあります。
「こうなってしまった事実については、
君自身の責任を真摯に受け止めて、
その人を、本当に感謝の気持ちで送り出す、『本当に』ですよ。
本当に、『今まで、ありがとう』って。
そうすれば、もっと素晴らしい方が現れると思うよ。
・・・・ただし、今の気持ちのままで、送るとすれば、
また、数ヶ月後、数年後、同じ問題で苦しむと思うよ。」
その時、本当に、感謝の気持ちをもてたかどうかは、自信はありません。
ただ、あるささやかな気づきは得ることができたと感じます。
まだまだ、道は遠いが・・・・
朝の始まりの、友のウィークリーメッセージに感謝。