「東京の人は生き馬の目を抜くようなことをやるから・・・」
子供の頃から、祖母にこう聞かされていて、
東京って怖いところなんだなぁ、という感覚がずっとあった。

東京で、小さいながらも、
自分の会計事務所とコンサルタント会社を経営していることを、
田舎の親戚にお話すると、皆に一様に、
「すごいね~~。『あの東京で』」と言われる(笑)



では、東京に暮らして21年。
実際にどうだったか。
確かに「生き馬の目を抜く」ことがありました。

特に一昨年、
本当につらい、つらい、出来事があったのですが、
身も心もズタズタになり、呆然として仕事をする中で、

しみじみと、

「あぁ・・・これが、死んだ、ばあやんの言っていた、
『生き馬の目を抜く』東京か・・・・」
と、感じました。

「縁が切れるのであれば、その人に何をしてもいい。
また、何かをしたいときは、じゃまな縁を切ればいい」

という、安易で、残酷な価値観を、
老いも、若きも、多くの人がもっている。


・・・やっと、来週。
この問題に一区切りがつきそうです。
実務的かつ精神的には、すでに克服していますが、
昨日、その関係者と電話をする機会があって、
体は正直ですね・・・。
いやなエネルギーを受けた際、必ず肩と首に来ます。
肩が重く、首が痛い。(生き霊か)


さて、2年にもわたるこの事件の、意味を問うと、
「人間観」というものについての試練だったのだと思う。

東京には、生き馬の目を平気で抜くような人たちもいれば、
深い愛情をもち、誠意あふれる人もいる。
この事件を通して、そのことが、痛いほど深く、発見できた。

そして、すべてをひっくるめた上で、それでも、
私は、人間尊重の感覚を持ち得るか。
人間万歳を叫ぶことができるか。
そこが、問われている。