こんばんは、房仙会・三島校の香奈子です。
11月のオンラインレッスン・ウィークが終わりました。
房仙先生のご指導の中で、胸を揺さぶられた言葉、それは…。
「もっと高みを見せてあげたい。見てもらいたい。
できたら短期間で」という言葉でした。
約50年余の指導人生の全て、
「欲しい人は持っててー」とばかりに教えてくださっています。
その大きな心、ただただ、感謝しかありません。
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11月の課題は『王遠』の二文字(顔真卿)です。
「王」という文字は横棒と縦棒の組み合わせで
一見シンプルな形、それ故に難しい…。
生徒たちの「書けませ~ん(汗)」の大合唱を先生は予測したのでしょう。
レッスンは、基礎基本である
筆の持ち方、そして始筆~送筆~終筆を図解や
ご自身が”やって見せ”の筆使いから始まりました。
また念押しで
「いい?今まで習ったことは一旦捨てて。
今日教わった事だけをやるのよ!」とも言われました。
その結果。
一番再現性が高かったのは、入会間もないY子さん。
先生からも「すご~い」というお褒めの言葉がありました。
今回は、”持っている知識(思い込み)がジャマをする”パターンだったように思います。
それを体験し、気付けた事は今後の築きに繋がります。
〈今回のレッスンの話から少々外れますが〉
書道を学び続ける過程で、さまざまな技法や筆使いを教わります。
その時に「前に習ったのと違う」と思ったら、そこで思考にブレーキがかかり、
新しい知識が入ってくるのを邪魔します。
エラソーに書いていますが、私は何度もそれでつまずき、
ボジョンと沈没しました。
常にまっさらな気持ちで、素直に謙虚に教えを乞う。
大事ですよね。
また顔真卿さんの特徴である「蚕頭燕尾」について。
「王羲之を越えるんだ!」と強い意志を持った顔真卿さんが
王羲之をたくさん学び、臨書に臨書を重ねた結果、
創り出したものという解説がありました。
その後、房仙先生は
「顔真卿さんは、こう書いたに違いないの」と実演して下さったのです。
先生は、拓本に残る僅かな線の変化から推察されたとの事、すごい観察力と分析力です!
高級バージョンなご指導を頂きました。
先生の辞書には「出し惜しみ」という言葉は存在しないと思われます。
レッスンの締めくくりには光孝先生がお顔を出され、
お話してくださいました。
「書けなくても当然なんだよ」
→落ち込む必要はない。
「これまで房仙会では、王羲之、空海、行成、顔真卿などを臨書してきたね」
→古典から学ぶことはたくさん!
「色んな臨書をする中で書家の特徴や筆法を覚えて、自分に落とし込めばいい」
→頭で覚えたら、体に染み込ませる。繰り返し、訓練あるのみ。
その先の先に、房仙先生が仰るところの
「アナタだけの光るものがあれば、それでいい」が在るのでしょう。
いつかは「高み」へ到達できるように。
房仙先生、光孝先生、今月もオンライン・レッスンをありがとうございます。