断捨離セミナー | 本日のココロイキ

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やましたひでこさんの断捨離1DAYセミナーin大阪に参加する。

やましたさんご本人によるベーシックのセミナーは今年限りになる、
とのことだったので、直感で、受けておきたい、と思ったのだ。


ここ数年、美しくなりたい、から始まって、
そのためには、もっと健康になりたい、
だからまず自分の身体を大切にしよう。

そう思い始めてから、精神面にもいろいろな変化があり、
自分の虚栄心や執着心に気づき(それがほとほと嫌になり)、
ある程度、モノは手放せるようになってきた。


わたしが反応するものの考え方や注目する人たちはみな、

手放しなさい

と言う。

そうすれば、おのずとふさわしいものが与えられる、と。


わたしが手放せないものの筆頭といえば、本や雑誌で、
それはつまり、知識や情報である。

インターネットとか映像とか他のメディアも含めて、
知識と情報のインプットに毎日溺れているわたしは、
これらの取捨選択と、一番重要なアウトプットに問題を抱えている。




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会場はホテルの広間で、受講生は70~80人くらいだったんじゃないかと思う。
4人1組のテーブル席がズラッと並んでいて、各自好きな席に座るようになっていた。

やましたさんはとてもスタイルがよく、オーラがありながら、会場の雰囲気にすんなり溶け込むようにして、各テーブルの間を動き回りながら、
初めは聴き取れるか不安になるほどのか細く低い声で、しだいにはっきりきっぱりと、ポイントポイントではかなり大きな声を張って、断捨離の基本概念を全身で伝えてくれた。

断捨離の考え方は、すでにある程度理解していたつもりだったけれど、
ベーシックセミナーといえども、かなり深いところまで突っ込んだ内容になっていて、とても刺激的でおもしろかった。

10時から、お昼ごはん(お弁当)と2、3回の休憩をはさんで、17時すぎまでの長丁場だったが、時間の長さを感じるヒマも、疲れたり眠くなるヒマもなかった。
それぐらい引き込まれた。
あっという間で、時間の感覚がなくなるくらい、とても濃密で有意義な時間を過ごした。

教壇に立って話すタイプの、一対多の講演やセミナーではなかなか味わえない感覚だと思うけれど、
やましたさんは会場を自在に歩き回りながら、各テーブルのすぐ近くにまで来て、受講生一人ひとりと触れ合うようにして、語りかけてくれるので、
わたしは何度も何度もやましたさんと目が合い、自分に向かって語りかけてくれている、という感じがものすごくして、
ほぼずっとやましたさんが話し続けている講義型のセミナーにもかかわらず、びしびし交流する感じがあり、とても双方向だった。


一般には、「断捨離」=モノの片付け術、とか、とにかくモノを捨てること、と思われているようだけれど、
このセミナーは、モノの整理の仕方や捨て方なんかを具体的に教えてくれるようなものではない。

ごくごく身近なモノと自分との関係性を問い直すことから、自分自身の潜在意識と向き合い、内在智や集合無意識と繋がり、自分本来の魂の輝きを取り戻し、よりよい生を目指す、というような、大変にスケールの大きな話なのである。


選びに選び抜いたモノだけを自宅に招き入れ、関係が終わったモノたちは処分し、他の場所で生き返らせ、どんどん手放す、
この新陳代謝を繰り返し繰り返し、スムーズに行うためのトレーニングを通して、

別れの痛みを責任を持って受け入れること、
モノが過剰に溢れすぎている現代社会に対して疑問を持つこと、
などとともに、

自分にとって要・適・快なモノたちだけに囲まれて暮らすことで日常生活から常に自分をもてなし、
自分自身への信頼を取り戻し、
すべてを自分軸でとらえられるようになり、
もともと誰もが持っている、自分にとって最適なモノの量と質を感じとるセンサー(内在智)を磨き、
自分の価値を取り戻す

というトレーニングをも同時に行うことになる、という、
とても素晴らしいメソッドなのだ。

以上のようなことが、
人生をおおらかにご機嫌に生きるためにいかに重要か、
わかりやすい例えをいくつも挟みながら、やましたさんは繰り返し解説してくれた。

さらに、部分即全体という概念を用いて、
足の裏を見れば身体全体がわかるように、人生を変えたければ家を変えるところから始めればよい、
そして、目に見えるモノの新陳代謝がスムーズに行われるようになれば、目に見えないわたしたちの潜在意識の流れもスムーズになり、その人にとってそのときに本当に必要なものをいつでも受け取ることができるようになる、と。

この点について、瞑想でも、アーユルヴェーダでも、ホ・オポノポノでも、すべて同じことを言っている、とわたしは思う。
つまり、わたしたちはもともと完全で、
生きているうちに知らず知らず堆積してしまった詰まりや滞りを解消して
自然の流れ(集合意識)とスムーズに繋がれば、
あとはその流れに乗っていけばいいだけなのだ、と。

断捨離において、モノの片付けはそこに至るまでのきっかけ、入り口に過ぎない。
しかし、誰にとっても身近な、モノの片付けを、少しずつでも始めることから、必ずそこに至ることができる。
つくづく、よくできたメソッドだと思う。


とにかく、身近なモノを通して、自分自身に向き合うことから始めればいい。

やましたさんは、最後に、ゲーテの「コミットメント(献身)」という詩を参照して、
自分から始めることの大切さを教えてくれた。

やましたさん自身が、クラター・コンサルタントという職業を自ら立ち上げ、覚悟と勇気を持って行動してきたこと。
その積み重ねで今こうして多くの人たちに思いが届くようになったこと。
決意を持って(でも、おおらかに)始めることの大切さを、やましたさん自身が身をもって証明してくれている、という説得力があった。

とても、感動的な締めくくりだった。


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まずは自分の身体と心を整えることが大切だ。
そう感じ始めてからずっと、ひたすら自分のことばかり考えてきた。

被災地や、ましてや東ティモールや、世界のできごとになんて、まったく目を向けようともしていなかったし、
社会に貢献できるような行動を何一つできていない(消費活動で自分が良いと思った商品を微力ながら応援するくらいしか)。

自分のことしか、ほんのちっぽけな、無理のない安全な範囲でしか、ものごとに取り組めていない、
わたしには、そのことに対するうしろめたさや罪悪感が少なからずあった。

だけど今日、やましたさんに、
安心して、自分のことから始めればいい、と、力強く、肯定してもらった。

とても勇気が出た。

部分即全体、だから、
ちゃんと繋がっている。

だから安心して、自分の人生にコミットメントしよう、
自分の幸せは何かを自分に問い続けて、追い求めていこう、
それでいいんだ、と確信した。


わたしには、世の中のためにわたしに何ができるのか、まだわからない。
だけど、今ここを、きちんと過不足なく、自分として生きていく。

そのために、わたしは今、このアウトプットの場をとても必要としている。

これからもっともっと、感じたことや考えたことを、そのつど、きちんとカタチにして出していこう、と思う。





読んでくださって、ありがとうございます。