これまで、音のない世界を想像したことがあっただろうか。


一昨日夫を待ちながら、たまたま付けたTV。

そこに映ったのは、ろう者の女性の出産シーンだった。

産まれたばかりの赤ちゃんにむかって、「れおちゃん」と呼びかけたシーンで既に泣いていた。

2人の夢である「音」という字を使い、「怜音ちゃん」と名づけてあったのだ。


ご主人も聴覚障害を持っているため、二人の会話は手話のみ。

その後れおくんは、音を聞けることがわかる。


幼いれおくんは、すぐに手話を覚え、

2歳10ヶ月の頃には、電話口で手話をする両親のメッセージを、電話の向こうのお祖母ちゃんに伝えるという

立派な通訳ができるようになる。

健気で可愛いれおくんを見て、泣いたり笑ったり。


小さいながらに、音のある家以外の世界と、音のない家での世界を、行き来する。

それはどんなに大変なことだろうか。


お友達とは普通に話すのに、両親には大きな口を開いて手話をしながら話す優しいれおくんに、

なんとも言えない気持ちがこみ上げて、ティッシュを片手に久しぶりの感動を味わった。

↓内容はコチラ。

http://www.tbs.co.jp/program/wedsp_20080723.html


そこで夫のご飯準備が入り中断。

ご飯の時には、その感動を一生懸命夫に伝えた。


続きを昨日の夜また夫を待ちながら見た。


そこには、中学生になったれおくんが、

宮古島のトライアスロンに出る選手や土地の人と両親の間に入って、

楽しそうに一生懸命通訳をしている姿があった。


思春期で、家では手話するのを面倒くさそうに嫌そうにしていたれおくん。

この宮古島での姿が、彼の本当の気持ちだったんだと思ったとき、またまた涙が溢れてきた。


彼は、「自分も聴こえなければ良かったと思うことがある」と言った。

両親を面倒に思うのではなく、音のない世界がれおくんにとっても当たり前になっている証拠だと思った。

自分も聴こえなかったら、手話を煩わしく思ったりもしないのに・・という気持ちもあったのかな。


途中、TVでは音声を消す場面が何度も出てきた。

音のない世界なんて、想像したこともなかった。

そうだ、拍手する姿は見えても、音は全く聴こえないんだ・・・。


彼は笑顔で、「ろう者にしか聴こえない風の歌があるんだ」 とも言った。



れおくんの姿と言葉に、涙が止まらなかった。

そうかもしれない。

私にはわからない気持ちや感情を、たくさん知っているだろう。



そんな風に息子を育ててきた高島夫妻を心から尊敬する。

とにかく心を揺さぶられたドキュメンタリーだった。


自分の周りの些細なことなど、本当にちっぽけなこと。

そう思えた夜だった。