ピピピピッ

ピピピピッ


まぶしい太陽の光。鳴り響く目覚まし時計。


「うそぉ・・・もう朝・・・?」

のそりとベッドから起き上がり大きなアクビを1つ。


「昨日のことが気になって、ぜんぜん眠れなかった・・・・」

あの時のキスも、言葉の意味も結局は分からないままデートは終わった。

ハルは何事もなかったかのように、私を家に送り届けて帰ってしまったし・・・。


(ハルにとって、キスはお礼の意味だったのかもしれない

空港でオデコにキスされた時も、前払いって言ってたし

・・・ハルが私のことを好きかもなんて、思ったらダメ!

期待なんて、したらダメ!)

そう強く自分に言い聞かせる。でも・・・

唇に残ったハルの温もりは、私の頭から離れてくれなかった。



「おはようございまーす」

会社につくと、社内は異様な雰囲気に包まれていた。


(あれ?どうしたんだろう。なんだか騒がしいけど・・・)


颯太「あっ、かなでちゃん!」


「颯太先輩おはようございます。・・・何かあったんですか?」


颯太「あった所の騒ぎじゃないよ!大変なことになってるんだ!」


「・・・・はあ?」


颯太先輩は身振り手振りで説明してくれるけど、変なダンスにしか見えない。


颯太「とにかく色々あって、『HAL』が大変なんだっ!」


「・・・・え?」


颯太「テレビ見て、テレビ!」


颯太先輩に背中を押され、社内に1つだけあるテレビの前へと向かう。

そこではすでに他の社員たちが集まり、画面に釘付けだった。


「あの、一体何があったんですか?ハルが大変って・・・・」

そんな私の疑問に答えてくれたのは朝のニュース番組だった。


ニュースキャスター「これは朝から驚きのニュース

あの『HAL』に恋人発覚ですよ!」


(えっ・・・)


大音量で聞こえた声に、私も画面に釘付けになった。

ニュースの内容は、良くありがちな芸能人の熱愛報道そのものだった。

一流モデルと若手トップ女優。

その2人が、彼女のマンションに一緒に帰宅したところを週刊誌がとらえたらしい。

一流モデルというのはもちろん、『HAL』のことだ。


「で、でもよくあるガセネタなんじゃないですか?

たまたま、マンションの前に2人が一緒にいただけ・・・かもしれませんし・・・・」


颯太「でも、彼女の事務所は交際認めたみたいなんだよね」


「・・・・・・えっ」


颯太先輩の言葉に、ズキっと胸の奥が痛む。


(認めたって・・・どういうこと・・・?)


ニュースキャスター「さて、ここで気になる2人の出会いなんですが・・・・

なんでも、CMで共演したのがきっかけらしいですね。しかも、このCM・・・

当初、別の女優起用の予定を、『HAL』が彼女にしてくれと特別に頼んだとか

『HAL』は元々、彼女のだったのかもしれませんね~」

画面の向こうでキャスターたちはめでたいニュースだと、誰もがニコニコ笑っている。


(・・・・・そんな、本当に?)


ドキドキと鼓動が早まるのは不安が込み上げてくるせい。


ニュースキャスター「そして、2人の熱愛の証拠となるのがこちらです!」

画面にパッと女優のアップが映し出された。

私なんかとは違う、清楚で可愛い女の子・・・・・。


ニュースキャスター「彼女が左手の薬指にしてる指輪を見てください

これはある撮影で『HAL』が使ったものなんですが自分でデザインした物だそうです

つまり、世界に1つだけの指輪を彼女にプレゼントしているということになります

これはもう、間違いないと言えるでしょうね」


颯太「まあ、これだけ証拠があれば事務所も認めるしかないよなぁ

『HAL』との交際だったら否定する理由もないだろうし」


颯太先輩はテレビのキャスターに同意するように何度もうなずく。


ニュースキャスター「「では、ここで2人が共演したCMを見てみましょう」


画面から流れ出したのは私も見覚えのある携帯のCMだった。

CMの中で2人は恋人役を演じ、当時の私は、それをなんとも思わずながめていたと思う。

・・・・・・・・でも、今は違う。


「・・・・・・・・・・・・・・」


これ以上、CMを見ていられなくて私はテレビから目をそらした。


颯太「とりあえず、これからの対策をこっちでも考えた方が良さそうだ」


「・・・・・・・・・・・・・」


颯太「かなでちゃん、聞いてる?」


「あ、はい!すみません・・・・・なんですか?」


颯太「すぐに影響はないと思うけど、彼女と『HAL』が一緒の号に載らないようにするとか

掲載する『HAL』の写真とか一応見直した方がいいかもしれないねって話!

僕たちには関係ないように思えて、けっこう売上に影響するからね」


「すぐ作業にはいります」


颯太「僕も手伝うから、何かできることがあったら言ってよ」


「はい、ありがとうございます」

先輩に笑顔を向け、私は自分のデスクへと戻った。

「・・・・・・・・・・・・・・・」


デスクの上には、ハルの載った雑誌や写真が山積みになっている。

その1枚を手に取る。


(なんだか、急に・・・・ずっと遠くの世界の人みたいに思えてきた

ううん・・・違う。最初から、そうだったんだ・・・

昨日、一緒に過ごしてただなんてウソみたい・・・・・ハル。あのキスはなんだったの?

私は特別なキスだと思った。ただのあいさつみたいな、軽いキスじゃなかったもの

恋人同士でするみたいな愛のこもったキス・・・・・

なんて、そんな風に思ってるのは私だけだったんだ

ハルに、好きだって言われたわけでもないんだもん・・・・)


モヤモヤした気持ちを抱えたまま、仕事なんかできるはずもなくて・・・・・

結局その日は、早めに仕事を切り上げ帰ることになった。



「・・・・・・はあ、やっぱりハルから連絡はないか」


細河凜「誰から、連絡がないって?」

前田優那「いつの間に彼氏できたのー?」


「ち、違う違う!そんなんじゃないの!」

慌てて携帯をカバンに押し込み、2人に笑顔を向ける。

早めに退社することになり、私は2人を飲みに誘っていた。

と、言っても。いつものバールなんだけど。


細河凜「でも、かなでから飲みたいだなんて珍しいね?」


「うん、ちょっとね。色々あって・・・・・・・」


細河凜「まあ、いいじゃない!私も今日は飲みたい気分だったし」


2人は席に着くが早いか、メニューを広げ、いつものカクテルを注文した。


「2人は、最近の調子はどう?やっぱり、仕事いそがしい?」


前田優那「私はそうでもないけど、凜は色々大変そうだよね」

細河凜「好きで選んだ仕事だけど、たまには違う道もあったかも・・・とか思うことはあるかな」


「違う道、かぁ・・・」


(もし私が編集者じゃなかったら、ハルと会うこともハルを好きになることもなかったのかな

そうすれば、こんなにつらい思いはしないで済んだ?)


ジワッとあふれそうになる涙をこらえ、勢いよくグラスを空にした。


前田優那「わぁ、良い飲みっぷり!」


「もう、今日はトコトン飲む!ウェイターさんおかわり!」


細河凜「その、居酒屋ノリはやめなよ。ここ一応オシャレなバーなんだし」

凜のツッコミに私も優那も顔を見合わせて笑った。


(そうよ、やっぱり私にはこういう場所と空気が合ってる

最初から、かなわない恋だって分かってたんだから

・・・分かってるのに、でも、ハルが好き・・・

この気持ち、どうしたらいいの?)


前田優那「そうそう、そういえば!あれ知ってる?すごいビックリしちゃった!」

細河凜「ああ、もしかして、『HAL』の熱愛報道のこと?」


「・・・・!」


前田優那「うん、うちの仕事場でも朝からその話題ばっかりだったのよ」

細河凜「かなで、あんたのトコ大変だったんじゃない?」


「・・・・・・・・・・・・」


細河凜「かなで?どうかした?」


「ううん!なんでもない。ちょっと飲み過ぎたかな?ボーッとしちゃった」


前田優那「ふふ、かなで、けっこうお酒弱いもんね」

細河凜「ほどほどにしときなよ。じゃないと置いていくからね」


「えっ、ひどい!」

私がふくれてみせると2人は楽しそうに笑った。


・・・・・・・それから数時間後。


「うー・・・・・もう飲めない」

私は完全に酔いつぶれていた。


前田優那「かなでってば、本当に飲み過ぎだよ」

細河凜「まあまあ、いいじゃない。・・・飲まなきゃやってられないことでもあったんでしょ?」

前田優那「・・・そうね。頼るならお酒じゃなくて私たちに頼ればいいのに」


2人の優しい声が、遠くの方から聞こえてくる。


(2人ともごめんね、ありがとう。

でも、これだけは・・・どうしても2人に言えない)


石田冬磨「・・・・・お客様、こちらを」


「・・・・・・・・え?」

冬磨くんが持って来たのは、綺麗なオレンジのグラデーションのカクテルだった。


「えと、私、お酒はもう頼んでないけど?」


石田冬磨「ノンアルコールカクテルです。あちらのお客様から、かなでさんへと・・・」


「あちらって・・・」

冬磨くんの示した方へと視線を向けると、そこにいたのは・・・・・


浅井誠也「相変わらず、ひどい顔だな」


「あ、浅井さん!?」


前田優那「え、誰?誰?すっごいイケメン!!」

細河凜「優那、こっちにっ・・・・・」

空気を読んだ凜が、優那を連れて席を離れた。


「どうして、ここに?」


浅井誠也「どうして?俺がこの店の常連じゃおかしいか?

何度かお前とすれ違ったりもしたんだけどな・・・全く気付いてなかっただろ?」


(全く気付いてなかった!っていうか、今まで浅井さんのこと自体忘れてたっ・・・)


浅井さんは私を見下ろしながら、向かいの席へと腰を下ろす。


浅井誠也「俺は忘れてないからな

お前は俺の許嫁だ。言っただろ、お前に拒否権はないと」


「私は許嫁なんて認めた覚えはないですし、今はそんなの考えてるヒマないんです!」


浅井誠也「・・・ふん。他の男のことで頭がいっぱいか」


「・・・・・・・・!!」


図星をさされ、カアッと顔が赤くなった。


浅井誠也「・・・・・かなで。俺の元に来い。俺ならお前を幸せにしてやれる。」


「浅井さん・・・・・本気で言ってるんですか?」


浅井誠也「ああ・・・。俺が冗談を言うために、この店に通ってると思うか?」


「・・・・・・・・・・・・っ」

浅井さんの真剣な眼差しにドキン・・・・・と胸がゆれた。

テーブルに置かれた、ノンアルコールカクテル。

飲み過ぎた私を見て、浅井さんが注文してくれた・・・・・・・・。

言葉にはしてくれないけど、これは彼なりの優しさなのかもしれない。


(浅井さんといたらこんなにつらい思いはしなくて済む?

私、幸せになれるのかな?ハルじゃなくて浅井さんと・・・・・)


「・・・・浅井さん、私」

そう、口を開きかけた時だった。


???「かなで!!!」


「・・・・・え」


ハル「かなで、どこだ!」

バタンッ!と勢いよく開いた扉から、ハルが駆け込んできた。


「ハ、ハル!?」

予想外の人物の登場で、私の酔いは、一気に覚めた。


「どうしてここに!?」


ハル「かなでを迎えに来たんだ」

ハルはまっすぐに私を見つめ、力強く言い切った。

その堂々とした立ち姿は、やけに大人びて見えて・・・・・・

高鳴る鼓動を感じながら、私はハルから目をそらせずにいた。