☆いつ、どのように放すか(中等)☆

▽相手の心の状態を感じる

▽自分の中にある空想と闘うとくどくなる

▽相手の気を感じ、それを抜く

▽相手の気を抜いて、空想を使う

<頚椎ヘルニアでの例>

 

 

 

▽相手の心の状態を感じる

体を治していく、

回復させていく、

と言う場合、

 

相手の心の働きを

使わなければならない。

 

その為には、

相手の心の状態を

知らなくてはいけない。

 

相手が、

俺は怖くないぞ、

と言って

青くなっていれば怖いのです。

 

青くなる人ほど、

怖くないを連発する。

 

「俺は強いぞ」

と言って威張る、

 

なぜそんなに

威張るかといえば、

弱いからです。

 

腕力で力を誇示したり、

強い言葉で言うのは、

弱いからです。

 

 

▽自分の中にある空想と闘うとくどくなる

整体の考えを

相手に伝える時に、

 

熱なんか怖くないですよ、

と説得していて、

 

はて、

そんなことを言っている

自分自身が熱を

怖がっているんじゃないか

ふと思うことがある。

 

ところが、

上手になるとそういうことを

説得などしなくなる。

 

「熱が四十度出た」

と訴えられて、

「ああそうですか」

と言うだけで、

「もう少し出るといいですね」

と、それだけなんです。

 

「熱は自然の働きで、

体に必要だから出るんだ、

黴菌を殺す働きがある。

何も恐れる必要はない」

なんて言わなくなる。

 

その方が、相手は

その通りに従うようになる。

 

相手に

説得しているように見えて、

 

実は

自分に言い聞かせている

という面がたくさんある。

 

そうして、

相手の中の空想ではなく、

自分の中にある空想と闘って、

くどくなる。

 

説得することもくどくなるが、

操法自体もくどくなる。

 

そういうことでは、

とても「度を得る」

ということは難しい。

 

 

▽相手の気を感じそれを抜く

相手の言葉を見ないで、

相手の中に集まっている

心を気で見るのです。

 

そして、相手の気が

 

抜けていれば集める。

 

集まっていれば分散させる。

 

そのリズムを誘導していく。

 

相手が

言ったことを無視して、

気の状態で

相手の心の状態を見る。

 

そしてその中に

新しい空想を盛り込んでいく。

 

それが出来なくても、

その気だけ抜けば、

心があっても、

心配があっても、

なくなってしまう。

 

心配だって

不安だって、

その気を抜いてしまえば、

それがなくなってしまう。

 

操法の対象は、

いつもこの気なのです。

 

相手の気をつかまえて、

押さえていると、

相手の気がそこに集まる。

 

テレビの音がしていても

余り気にならない、

というように押さえなければ、

 

気をつかまえている

とは言えない。

 

気をつかまえたら、

押さえて集注する。

 

弛む、

それを加減する。

 

集中しているのは

抜くように押さえる。

 

耐える、

自然に気が抜ける

時機が来るまで

じっと押さえている。

 

押さえ合って、

気が抜け出す時に、

ちょっと押さえて放すと、

すーっと弛む。

 

気は気で感じるものです。

それには自分の指に気が

集まっていなければ駄目で、

手に気を入れて

相手の気を感じる。

 

そしてその気によって、

耐える度を求め、

放す時機を得る

ということが

一番大事なことです。

 

 

▽相手の気を抜いて、空想を使う

<頚椎ヘルニアでの例>

頸椎ヘルニアを治す時に、

肋骨を上げる操法を

しましたね。

 

相手は、

ヘルニアとかムチウチとか

いろんな名前を付けられて

頭がいっぱいの状態。

 

そこに集まった

気を抜かないままに

いくら頸を押さえても駄目で、

ますます

気がそこに集まってしまう。

 

気が集まるごとに

異常感が鮮明になってきて、

押さえた後に

痛くなってきたりする。

 

そこで、わざわざ

仰臥になってもらって、

肋骨挙上の操法をする。

 

相手は

「そこではなくて、頸のここが

狂っているのですが」

と言う。

 

こちらは

「胸を押さえて

それを治しているのだ」

と言うが、

 

相手にとっては

意外なことなんです。

 

そして胸の操法の効能を

説明していると、

 

相手は頸のことより

胸の方に気が行く。

 

気が胸に行った頃に、

頸をガクッとやる。

 

気が胸に行っている

その隙にやるのです。

 

相手の気を抜いて、

空想を使う。

 

どこどこが悪いから

それを治して下さい、

と言われるままに、

 

それを治そうと

やればやるほど、

 

そのつど

相手はその病気である自分

というものを空想してしまい、

いくら押しても効かない、

 

上手に押せば押すほど

相手は自分の病気を確信していく。

 

押す時は相手の気だけを見ていく。

心とか体とかに分けて見ない。

 

そうやって

気だけを見て押していくと、

心にも体にも

変化を起こしてくる。

 

押さえると、相手は

いろいろな耐え方をする。

 

例えば

足の急所を押さえると、

 

逆の足をばたつかせて

耐えようとする人がいる。

 

押した足に力を入れて

耐えようとする人もいる。

 

顔をしかめる人もいる。

 

そうやって痛みをこらえる、

 

痛みに耐えようとする

その体の動きが、

その耐える体の形自体が、

 

その人の体の異常を

回復していく働き

そのものなのです。

 

だから

そういう耐え方から

その人の体癖状況も

知ることができるのです。