私の母は、過保護な親でした。
学校への送り迎えはよくしてくれたし、
寒い日は「暖かくしなさい」と
洋服選びにも口を出してきたり。
子供の頃は、そうされることが
当たり前だと思っていました。
なぜ母は過保護だったのか?
それは大人になってから、
その理由を知りました。
私がまだ赤ちゃんの頃、母が目を離した隙に
指に火傷をしてしまったことがありました。
予後が悪くて、皮膚移植をするほどの
怪我だったそうです。
母はそのことを、ずっと後悔し続けて
いました。
自分も親になった今ならわかります。
あれほどのことが起きたら、
次は絶対に守ろうとしますよね。
過保護になるのは、当然のこと
だったのかもしれません。
でも私自身は、大人になるにつれて
違和感を感じていました。
一人で行動することが怖い![]()
母に頼ってばかりで育ったせいなのか、
一人で何かをするとき、強い恐怖を感じます。
年の離れた兄もいて、危ないものは先に
全部取り除かれてしまっていました。
転ぶ前に助けられて、転び方を知らないまま
大人になった感覚です。
だから自分の子供には、あまり過保護に
したくないと思っていました。
でもADHDグレーゾーンの娘は、
すぐに怪我をします。
気づけば私も先回りして、
危険を回避させてしまっていました。
子供の自信と能力を奪うことに
なるのは分かっていたのに。
「自分一人じゃできない」という思い込みが、
潜在意識にすりこまれていく。
親が良かれと思ってしていることが、
子供の可能性を少しずつ削っていくんですよね。
娘は小5から強迫症があり、
不登校が続いています。
外に出る機会が少ないぶん、
同じ年の子より経験が少ないです。
でも最近、娘が一人でバスに乗りました。
「一人で乗れたよ」
帰ってきたときのキラキラとした表情が、
本当に、生き生きとして
まぶしかったです。
「可愛い子には旅をさせろ」
という言葉があります。
単なる「苦労させろ」という意味じゃなくて、
大切だからこそあえて手放して経験させる。
失敗も、不安も、乗り越える力も、
全部が旅の中にある。
そういう意味です。
娘のあの表情を見て、思いました。
守ることは大事だけど、
一人で生きていける力を
つけてあげるのは
もっと大事だと。
これからは、手を貸す前に
子どもを信じられる親に
なろうと思います。
