どこぞの著名愛好家が安売りするやつはばかみたいなこといっていて、くだらない人間だなと思ったので、自分の考えを。
勿論高く売れたら嬉しいですが、今は流行りの時期でもないし、極論趣味なので値段なんかどうでもよくて。
大体の愛好家のコレクションは大事に抱えていたって死ねば家族に捨てられるのが常らしいですし、この趣味を早十年、先々まだ続ける上で、最近は自分がしてきたことを後世にどんな形でもいいから残したいと思うようになりました。
自分は零細愛好家として、自分の作ったものは自分の名前やつけた名前は残らなくてもいいから、物だけは残ってほしいと思うようになりました。
栽培品種はそのうち適当な値段で複数販売なりプレゼントしてむしろ勝手に繁殖してもらいたいと思っています。
自分のしてきたことを世に残す確率をあげられたらそれでいいと思うようになりました。
自分のしてきたことに意味が欲しくなってきたわけです。
最初はただの曲玉をそれこそ安い値段で買って不思議な植物だと眺めていました。
今でもどこのだれから買ったか一応覚えていて、多分その人はもうやってないかもしれない。
その人が売った植物が他人の人生を大きく方向づけるきっかけになった、とは多分本人も思いもしてないでしょう。
逆に売り手として自分も意識してないですし。
結局確率の話で、概ね枯らしたり飽きたりしてやめていく人が多くいて、それがだれかなんてわからないわけです。
なんか飽きてきて、ずっとやってきて、先を考えて、自分亡き後もせめてだれかのところに自分の人生がなんらかの形で出来るだけ多く長く残ればいい、それしかないな、と思うようになった次第です。
同じものを三千円出した人が千円出した人より長持ちさせるとは限らないでしょうし、愛好家として先々どうなるかもわからないでしょう。
まぁ資本や規模の乏しい業者や愛好家に存在価値はないみたいな考えも極論ぶっちゃけ理解はできるけれど、つまらないなとは思います。
仕事で某業界の裏側見て、高いものには価値がある、価値があるものは高い、肩書きのある人や大手だから信頼できるし優れている、みたいなブランド信仰はどうかと思うことがあります。
自分は権威主義が嫌いというか、本質らしい。