春雷は思わず問うた
春雷「大総監大鑑に一つお尋ねしたい」
春児「うかがいます」
春雷「・・なぜ、宦官になどなった」
小平が筆を止め、目をつむって二人に背を向けた。春児は黙っている
春雷「答えろ、なぜ宦官になどなったんだ!」
春児「・・お答えする前にこちらもお尋ねいたします。将軍はなぜ馬賊などにおなりになられたのですか」
春雷はワインを二杯あおり、しばらく二人は沈黙する
春児「あらためて袁世凱閣下のご提案をお伝えします。龍玉の対価として2500万ポンドをお支払いします。併せて満州の独立を認め一切の介入をせぬとお約束いたします。いかがでございましょう」
春雷「答えは『否』である。北京がいかなる条件を提示しようと、龍玉を袁世凱の手に委ねずというのが将軍の固い意志である」
春児「条件に御不満があれば再考いたします」
春雷「本官は全権大使としてこの会議に臨んでいる。再考の余地はありえぬ」
春児「満州が独立国家となるほうが得だとお考えになりませんか」
春雷「袁世凱に伝えろ。貴官は常に物事の損得で戦をしてきたが張作霖にとっての戦は命のやり取りである。天命なき王朝に服うつもりはない」
春児「わかりました。かくなる上はありのまま報告いたします」
席を立つ春児。小平がそれでよろしいのですか・・という顔で二人を交互に見る。
背を向けて出て行こうとする春児に声がかかる
春雷「(立ち上がり)春児・・」
春児はピクリと立ち止まりゆっくり振り返った
春児「よくご存じですね。宮中では皆様がそのように呼んで可愛がってくださいました」
春雷「君をそう呼んだのは宮中の人ばかりではない」
春児「そうでしたか、忘れていました。亡き西太后陛下から『春児』と呼んでいただき、おかげさまで四十の齢になってもいまだに『春児』でございます」
春雷「君の心に恨みはないのか」
春児「私の胸の恨みつらみは陛下が拭い去って下さいました。それに私は人を恨んでいた分だけ人からも恨まれていたようです」
春雷「どういう意味だ」
春児「人に捨てられた恨みは人を捨てることで晴らしてしまったのです」
沈黙が続き小平がたまらず話しかける
小平「こ、この会談は国事にございますれば、結論の如何に関わらず手を握り合うのが礼儀にございます。どうか握手を・・」
二人は近づき、春児が兄を見上げて手を差し出した。春雷が握り返す。
そうして春児は部屋を出て階段を下りて行った。玄関へ向かう春児に階上から春雷が叫んだ
春雷「春児!」
春児が振り返る
春雷「俺はこの歳になってようやく人の親になった。玉のような男の子だ!」
春児「ありがとう兄さん!李家の血を絶やさずに済みました。本当にありがとう(手を振る)」
春雷「春児ー!」
笑顔で手を振りながら後ずさり、ゆっくり振り向き出て行く春児を涙を流して見送る春雷であった
この兄弟の再会の緊張感をぜひ彩風さんと朝美さんで、お二人の長きにわたる共演の集大成として観たいところであります。
静まり返る劇場。あふれる緊張感。静かな台詞・・近くにいる小平役は大変ですね。