第二幕 満州の風に聴け

 

それでは第二幕の幕をあげましょう。しばらくは清朝最期の様子を春児を中心にお届けします

 

富貴寺(ふきじ)はよるべない老廃の宦官たちがひっそりと住まう終の棲家であった。春児が10年ぶりに訪れると寺は荒れ果てて人影もない。そこに両目を潰されたかつて光緒帝に仕えていた蘭琴(ランチン)が胡弓を弾いている。

 

春児「蘭琴」

 

蘭琴「(弓を止めて)春児兄さん?よくおいでなさった」

 

春児「仏様のお導きだよ」

 

蘭琴「兄さんのおかげでこの寺に転がり込んでくる宦官がいなくなって、今は私一人しかおりません」

 

春児「10年前、光緒陛下の改革が成されていれば私ではなく君が大総管太監に就いていただろうに。蘭琴、今日はおいらの悩みを聞いて欲しいんだ」

 

蘭琴「どうぞ、ご遠慮なく」

 

春児「西太后陛下はもうダメだ。もし陛下がみまかられたら光緒帝が西洋人どもに引き出されて言い様にされちまう。そしてこの国と民が食い散らかされる様子をご覧になって今よりもっとつらい思いをすることになるんだ。お前ならどうする、お前ならどうするか聞きたいんだ」

 

蘭琴「こんな身の上でも昔の仲間からいろいろ噂は入ってきます。ちょっと待って下さいね」

 

立ち上がって古ぼけたお堂に入っていき古い袱紗に包んだ壺を持ってくる

 

蘭琴「兄さん、これが答えです」

 

袱紗を広げて小さな壺を渡すと春児は蓋を開けて匂いを嗅いだ

 

春児「亜砒酸だな」

 

蘭琴「はい。あらゆる毒の中でも最も苦しまずに死ねる薬だと聞いております」

 

春児は壺を返して、自分の懐から錦の袱紗を取り出し小瓶を取り出して蘭琴に触らせた

 

春児「西太后様がひどくお苦しみになるようなら、これを進ぜようと思っている」

 

蘭琴「(ひざまずき)大総管太監、李春雲(リ・チュンユン)様。私は城を追われ光を失いましても光緒帝の御前に仕える宦官にございます。もし陛下が地上の禍から放たれることをお望みならば、それを叶えるのは私の務めにございます」

 

春児「(蘭琴を抱え上げ)おいらたち宦官に出来ることはただ一つ。愛し合う母と子を共に天に昇すことだけだ」

 

 

春児は「自分には養う家族が無いから」と言って稼ぎを富貴寺に届けていた。

また宮廷を去る者たちがその後の暮らしに困らぬように字を教えたり、かつて切り取られた〇〇を買い戻してやっていた。

宦官製造人に預けられた自分の〇〇を買い戻して死ねば、人に生まれ変わることが出来ると信じていたからである。