京劇の舞台が終わると、西太后は如意棒をふるって叫んだ
西太后「黒牡丹を呼べ!苦しゅうない、早うこれへ」
座長と春児が御前に出てひざまづく
西太后「よくぞ戻った黒牡丹。予はこれほどに嬉しいことはない。おもてを上げよ」
春児顔を上げる。まだ、あどけなさの残る顔に、西太后は始め失望し、続いてその美しさに見惚れる。
座長「申し上げます。この者は李春児と申す劇団の新人でございまする」
西太后「何と、かように年端も行かぬ者が、なぜあのような見事な芝居をするのか」
座長「この者は入廷前からすでに心得がござりました」
西太后「なに、心得があったとな。して、どこで習ろうた」
春児「お、おいら、じゃなかった。申し上げます。芝居は黒牡丹に教わりました」
座長「な、なんだと!お前どういうことだ!」
西太后「道理で、そちの芸は黒牡丹そっくりじゃ。いったいどうなっておるのか」
春児「当てもなくさまよっておりましたところ、お師匠と巡り合って、三年間の間共に暮らしました。残念ながらお師匠は亡くなりました」
西太后落胆する
光緒帝「李春児とやら、そちはこの先師匠の黒牡丹になりおおせて、母后様をお慰めせよ。よいな、それがそちの務めぞ」
西太后「大儀であった。そちには銀百両、南府劇団には銀五百両を与える。なお、その者は明日より御前小太監に任ずる。皇太后宮へ出仕せよ」
座長「ははあ、有難き幸せに存じまする」
座長と春児頭を下げる。一同が動き始める中、自分をのぞき込む人の気配を感じ、春児が顔を上げると・・
文秀「春児だな」
春児「文秀さん。ーーマァマァは?」
文秀「亡くなったよ。だが玲玲は元気だ。俺が預かっているから心配するな」
春児「マァマァが死んだ。おいら、何をしてきたんだろう。いったい何のために・・」
文秀「どういういきさつがあったかは知らない。だが、お前は自分の力でとうとうここまでやってきたんじゃないか。すごいぞ、春児」
春児「おいら、もう銭なんかもらったってしょうがねえや。使い道のない銭何て・・」
春児、夜空を見上げる
春児「ねえ兄さん、昴ってどれ?」
文秀「ああ、あれだ。オリオンの三ツ星の肩をずっとたどって、一つだけぽつんと輝いている、あの星だよ」
春児は瞳を下ろし、衣の懐から麻ひもにくくられた銅銭を引き出して文秀に見せる
文秀「乾隆銭じゃないか」
春児「玲玲がくれたんだ。おいらはおふくろも、ちっちゃなあいつも捨てて出て行こうとしたのに。これを路銀の足しにっておいらにくれたんだ。おいらは人でなしだ。今更昴が何だってんだよ。百両の銀が何になるってんだよ」
泣きじゃくる春児を文秀は抱きしめる
こうしてついに春児は西太后に仕えることになる。一方の文秀は、わずか三年の間に異例の出世をし、光緒帝の親政にかかせぬ官僚となっている。
再会はできたが仕える者を違えることで、二人の道は分かれていくのである。