$幻蝶 妖艶の悪戯 ~官能の調べ~-サルベージのようなもの


「玩具みたいに扱って欲しい」
 女の切なる訴えに「わかった。覚悟しろ」と冷たく言い放った。
 望みを叶えてやる。これもひとつの愛情だ、と男は思っていた。
 男の激しい肉の侵襲に女は苦痛の声を上げ、時折色を混じらせている。
「私は、物みたいでいいのっ」
 暗闇の中で男の背中に爪を立てる。
 せめてもの、反撃か。それとも、印か。男は思った。
 日没間際に見た大規模な開発地帯のいくつものクレーン。
 少しでも、この女を引き上げられるだろうか、と男は思っていた。
 更地には計画的に建てなければ、取り返しのつかないことになる。
 鷲づかみにされた胸。
「くっ」
 一瞬のうめき。
 何を作り上げるか。
 陵辱にも似たやり取り。
 叩き伏せるような肉の重圧。
 押し込めつんざく様な荒々しい肉の脈動。
 女の耳に届く男の声。
――これがお前の救いなのならば。
 女の冷たい心が男の魂に触れる。
 長かった孤独。
 不審渦巻く沈黙。
 屈服の後の裏切り。
 そして気まぐれ。
 移りげなナイフばかりちらつかされてきた女は恐怖に震えていることだろう。
 いつ、この男も私を捨てるのか。
 そればかりを考えているのだろう。
 女の魂の奥に入っていけば漆黒の寒冷地があることだろう。
 男の魂の奥に入っていけば冷徹な計算と遠くを見通す瞳があることだろう。
 極寒の地に住む人間は凍傷になった時、雪にその部位を擦り付けて摩擦熱であたためるという。
 男は女の首に手をかけ耳元で囁く。
「死にたくなったらいつでも殺してやる。だが、俺のためにこれからは生きろ」
 男の言葉はむしろ女への契約に等しい。
 命一つを背負うと言っているからだ。
 暗闇の外では救急車の音が鳴り響き遠くへと消えた。
「お前の願いを叶えてやる」
 女の胸に冷たく滑り込んでくる声。
「ありがとう」
 涙を流した後の女の激しい乱れ。
 解放されたかのように狂い匂いを放つ。
 穢しの儀式。
 命を抱く儀式。
 悲しみを背負う契約。
 男は肉を刺す。
 最後の止めをさされ、女は果てる。
「夜明けまでは、まだ長いぞ」
 女の頬を強く掴み、男は冷たい目で見下す。
「まだ始まったばかりだ」
 女の返事を待つ前に、再度激しく責め立てる。
 氷が溶ければ辺りは濡れるだろう。
 だが時間も経てば再度凍っていく。
 余計な考えは一切ない。男には「この女をものにしたい」という感情しかない。
 女も恋や愛などといった感情は期待していなかった。
 ない方が安心感がある。
「今度お前にアクセサリーをやろう。毎日つけろ」
「はっ、いっ」
――お前という、海を泳ごう。
 男は暗闇の中で密かに誓っていた。
$幻蝶 妖艶の悪戯 ~官能の調べ~-赤い実と実と熱と熱


 「赤い実が揺れているよ」
 男が開かれた太ももの奥を優しく指先で撫で回すと女は声を上げた。
 「恥ずかしい。もう止めて」
 顔を両手で押さえながら股を閉じることはなかった。
 男は湿り気を帯びてきた女の様子に愛情を感じていたが、裏腹に不安なこともあった。
 キスをさせてくれない。
 何度も唇に触れるが、あまり口を柔らかに女が開いたことはない。
 常に硬く、ぎこちないキス。
 時として顔をそっと背けられることすらあった。
 「キスは、苦手なの。許して」
 女の言葉を信じていた男だが、情事の最中はほとんど目を合わせることはない。
 顔を手で覆っていたりはぐらかされたりなどし、手をどけようとしようものなら極度に嫌がる。
 男は極度の恥ずかしがり屋なのだろうと感じていた。
 女の脳裏には十年ほど前のファーストキスの記憶が強く残っていた。
 過去を上回るものなどありはしないと何度かキスを重ねて女は確信していた。
 男にとって赤い唇が遠い。それは硬く閉じられた女の心だとも思っていた。
――キスぐらい、なんだ。だが……
 男が深く血のたぎった肉を女の股の奥へと挿入すると女はいつものように喘いだが、どこか通じ合えていない溝を感じていた。
 女心は難しい。もしかしたらトラウマがあるのかもしれない。男に慣れていないのかもしれない。様々な憶測が積極的な行為を躊躇させ心を惑わせた。
 熱と熱が重なり合うごとに埋められない溝の不確かさを感じる。
 まるで上唇と下唇の間にある谷底にも見える大きな闇だった。その赤の隙間の奥に何があるのか男は知らない。
 女は日々広がっていく、どうしようもないぎこちなさにこれ以上耐えきえれそうもないと感じていた。
 そうして女は次へ次へと想い出を引きずり歩いていたが、どこにも心を満たすものはなかった。
――また、さようならを言わなきゃいけないの?
 人と別れるのは楽なことではなかった。別れるときの辛さを思うと涙がこぼれた。
 男は女が涙をこぼすごとに拭う。女が泣くことは理由がわからないことも含めて安らぎを奪っていった。
 熱と熱の溝。実る実と実った実との間。
 女はいっそのこと理由を告白しようと何度も思ったが怒るだろうか、嫌うだろうかと不安だった。
 別れるにしても自分はよいイメージのまま別れたいという思いがある。
 終わった後、女の顔色を見ながら男は切り出した。
「別れようか。もうこれっきりにしたい」
 虚しかった。これを恋愛と呼ぶのだろうか。まるで体は重なり合っていても心は遠かった。
「どうして」
 気が動転し、いざ別れるとなると寂しさに耐え切れそうもなく、また悲しみがあふれた。
「もういいよ」
 男は口数少なく去った。こんな酷い別れ方があるだろうか。もっと場所や時間や言い方を考えるべきなのに。
 女は男の悪口を言いふらした。自分がいかに悪くないかを友人に言ってまわった。気が済むと新しい男を見つけ、新しい恋を始めた。
 赤い実は熟す前に死んだ。もう一つは熟しすぎてアスファルトの上に落ちた。
 どちらの実も芽を出すことはなかった。
photo novel 「同居」

「同居」に寄せられたコメントが長くなりそうなので、記事にいたしました。

勇気を振り絞ってのコメントありがとうございます。
どのような関係でもそうなのですが、一番最初の熱意が一生続くというのは極めてまれです。
男は一度手に入れてしまうと自分のものになったという感覚が強くなる傾向はあるでしょう。
女性はスキンシップはして欲しいし、話し相手にもなって欲しい。
最初「恋」という熱で無意識にやっていたことはいつの間にか失われている。
熱の冷めた後は意識的に創意工夫しないといけないということです。
そのためには両者が自分のことを反省したり常日頃会話を持つ機会をどんどん作っていかなければいけないと感じています。
どうしても同じ空間で衣食住を共にしていくと、今までの自分の生活リズムの癖が生活空間の中にも出てきて、なおかつその日常生活の中に新鮮味が埋もれてしまいます。
暮らしていくと「生活すること」に重きが出てくるのはしょうがないことだと思っております。
そうなってしまうと互いに異性としての魅力に対して手を抜いたりしてしまいがちになったり、互いが「男女」という関係ではなく「同じようなもの」のようにどこか見がちになります。
例えば片付けをしない男に対して苛立つ女とか、色気に対して気を抜くようになった女に対しあまり抱きたくなくなった男とか、疲れて二人とも異性の関係どころじゃないとか。
どこかで「こうあるべきだ」という思い込みとすれ違いが出てきます。
ケースは色々ありますが、セックスだけでも女性は愛情不足だと感じるでしょうし、かといってそれがないと少なくとも男は欲求不満になりますし。
今回の小説は女性のほうを我慢させてみましたが、怒る方もいらっしゃると思います。
そして女性のアプローチに男性も気づく、という割と修復可能なケースでもあります。
小説なので絶望的な状況は作りませんでした。
日常生活の中に埋もれてしまうと「当たり前」という感覚の中に小さな不満も埋もれがちになります。
この小さな不満の積み重ねが無意識的なストレスになっていくことはすごく多いのです。
そしてある時表出してしまう。
突然何かの拍子に爆発するのでは関係は悪化するだけなので、常日頃から不満などをさりげなく言い合えて、かつデートなどの楽しみがあったりするといいのかもしれません。

私の考えですが、人間は何かを獲得しないと分かち合えない生き物であって、変わらぬ日常を繰り返すだけでは閉鎖的な環境と一緒だと思うのです。
本を読んだり、何かを鑑賞したり、新しいことを始めたりなど、吸収することを増やしていかなければ誰かに新しい何かを分け与えることは難しい。
ですので、自分を変えていき、相手にも分かち与えられるよう、日常の中の意思疎通がとても重要な気がいたします。
今回は女性がきっかけを作りましたが、女性からしたら男性にリードされるのが嬉しいでしょうね。
$幻蝶 妖艶の悪戯 ~官能の調べ~-同居

 出会いたての頃はもっと愛してくれていたのに。
 つい一年ほど前のことなのに随分遠い過去のように女は感じた。
「好き」や「愛している」の言葉の重みも薄れ、「恋人」の関係が同棲を経て「同居人」に成り下がっている男を見てため息をついた。
「食事中にため息なんかつくなよ」
「ごめんなさい」
 女は素直に謝りながら食べかけの中華丼を眺める。
 出会いたての頃は彼も料理が上手くて楽しみだったのに、今は味気が無いし、すぐ外食や惣菜に頼ろうとするし、今はほとんどが私が作っているし、愛情が薄れたのかもしれないと女は感じていた。
 何が違ってきたのか。
 女は考えていた。
 セックスもマンネリ化し、室内にいても話すこともなくなってきて黙ることが多くなり、話す内容と言ったら作業的なことだけだった。
 男の対応ばかりに理由を見出そうとしていた女は、たびたび男と話し合いを持とうとした。しかし男は「お前が冷たくなったからだろ」と言うだけだった。
 男は精一杯仕事をしてきて、きちんと最初に決めたお金を毎月きちんと生活費として預けている。下請けの零細企業で働いているだけに仕事をきちんと続けていけるだけでも努力していると思っていた。
 新鮮味がなくなった、と二人とも感じていた。
 最初と今では何が違うのか女だけが考えた。
 男は明日の仕事のことで頭が精一杯だった。
 たくさん抱かれてきた体。女は自分の体を見て、最近抱かれていないことを気にしていた。
 もしかしたら女としての魅力を彼が感じなくなったのかもしれないと思うと恐ろしくなった。
 運よく男が連休を取れた日、女は無理をして男の連休に合わせて仕事を休んだ。
 近場の温泉に一泊宿を取ったので一緒に行こうと無理に誘った。
「どうしたんだよ。急に」
 車を運転するのが面倒なら駅から直通バスが出ているからとバスで行き、温泉の部屋で「私たちの愛はもうないの?」と質問したくなるのをぐっと抑え込みながら男が仕事で日々頑張っていることをねぎらった。
「いつもありがとう。私の為に頑張ってくれてありがとう。毎日疲れて帰ってくるものね。ご褒美もろくにあげられなかったから、今日はちゃんと形にしようと思って」
 本当はそれを言われたいのは自分のほうなのだと歯ぎしりしたくなる思いだったが、きっとこれが彼にとってはいいことなのだ、と思うことにした。
 そもそも彼がいなければ自分は一人ぼっちになることを考えると、時折「居て当たり前」の存在が急に不安定な存在に見えてくる。
 男は「あ、ああ」と、いつもの通り口数少なくなってしまった。
 もしこれで何も感じないような男なら、狂うほど寂しくなったとしても別れるべきなのだろうか、と心がぐらぐら揺らぐ中で男と接した。
 バイキング会場に行っても会話がなく、部屋に帰って女はソファーに座った。
 女が少し悲しくなってきて、涙が出そうになったとき男がようやくしゃべりだした。
「いつもありがとう。洗濯とか掃除とか、部屋綺麗にしてくれて、料理も作ってくれて。ごめんな。仕事、大変で、ついまかせっきりになってしまって……」
 言葉はそれっきり途切れてしまった。男はどうしたいいかわからず俯いたままだ。
 女は男の言葉を聞き泣き出してしまった。
 男は女の涙の理由がわからず謝るばかりだったが、女が「その言葉を聞けただけでも嬉しい。もう愛されてないのかと思っていた。会話もなくて、一緒に住んでいても、どうしていいかわからなかったから」と告げると、男は女の涙を拭きながらもう一度謝った。
 女は男のことを少しかわいいと思った。まだ、好きでいてくれるのだと感じた。
 二人とも風呂あがりの硫黄の匂いが少しだけ残っている。
 かわいいと思う自分の感情に、まだ彼への思いは残っているのかな、と思うと女は嬉しくなった。
「抱いて欲しいよ。優しくされたい。好きだから、これからももっと話し合っていたいよ」
 女はソファーへ緩やかに横になり、浴衣の帯を解いて両手を投げ出した。
 男はゆっくりと女の手をつなぎ、乳房に唇を落としていった。
$幻蝶 妖艶の悪戯 ~官能の調べ~-夕焼け



「もう夕方か」
 男はだるい体を引き起こし眩しい夕日の光を流れ落としている窓を目を細めながら見た。
 部屋は夏の熱気で蒸し上げられている。
 崩れて無数のしわが寄ったシーツの上で掛け布団を抱きながら眠っている女の寝息を感じ、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出し飲む。
 薄い壁で仕切られているだけの狭い部屋で汗の滴るほど情事を繰り返した後のけだるさが、いつまでも体のべとつきとともに残っていた。
 学もなく、金もない女。
 だが粘りつくような色気があり、いつまでも体に残る。
 不思議と忘れることの出来ない女だった。
 いつ首を切られるかわからないバイト生活の女で、今月はシフトを減らされてどうしようと会うなり泣きはじめた。
「俺がなんとかする」
 男は女を落ち着かせ、洗い立てのシーツに押し倒し、薄い壁にかまうことなく女の体を鳴かせた。
 ミネラルウォーターの冷たい感触が食道を流れ落ちても、すぐに汗腺から噴水のように吹き出ては背中や胸を雫が伝い、蒸れた匂いのする部屋の床にボタボタと落ちていった。
 裸銭で置いていくことに多少の品のなさを感じながらも、男は財布から十万を抜き取りテーブルに置く。
――どうして私なんか好きでいてくれるんですか?
 時折女が繰り返す言葉。
 答えるのも面倒だった。
 明確な理由がそこには必要なのか。それとも、説明できないと好きではないのか。
 SNSのアダルトコミュニティで知り合い、彼氏との性関係に悩んでいるところを相談に乗り「一度抱いてくれませんか」との女性の告白から、こんな関係になっている。
 自分で男を乗り換えた女が何故いちいち確認などしてくるのか。
 自分が好きであることだけでは満足が出来ないのか。
 一つ一つ女の弱さを垣間見るようだった。

 残り火が消え去っていくように、すぐに女の部屋も暗くなってくる。
 部屋を出るときは躊躇などないはずなのに、部屋を出れば未練が出てくる。
 それが女の体への未練なのか、女そのものへの未練なのかわかりかねていた。
 男はタバコに火をつけ車の前で一服する。
 メンソール系のタバコの煙を灰にまで行き渡らせ、ゆるやかに吐き出すと、ふといつも思わないことが頭をかすめた。
――俺はいつからタバコを吸っているのか。
 気がついたら習慣になっていた行為に滑稽さを感じた。
 あの女を抱くことも、いつかは習慣になるのだろうか。いや、そんなはずはない。
 携帯の灰皿にタバコを入れ、すぐさま火を消して女の部屋へ振り向く。
 きっとまた来るのだろうな。
 西日が沈む。
 ようやく残暑の焼け付きが冷めてきた薄い闇の中で、男は女の残り火を残しながら車を出し始めた。
 肉の熱は男の脳裏を焼いて絡み付いていた。
 
$幻蝶 妖艶の悪戯 ~官能の調べ~-錆び付き


 錆び付いたような関係だった。
 惰性で抱き合い、飽きたようにホテルを出る。
 建物の古びた配管が見えた。
 いつまでこんな関係を続けているのだろうと女は思った。
 年齢も三十を過ぎて次々と親友が幸せそうな結婚をしているのを見ると時折妬ましい気持ちになり、自分の感情の不純さに衝撃を受けていた。
 醜い女だと思いたくはないが、今付き合ってる男にさえ憎しみを向けそうで怖かった。

 退社時間に携帯電話にメールが入っている。
「今晩時間ある?」
 簡単な一行メール。
 普段何一つ連絡をくれないが、女を抱きたい時だけメールが来る。
 体や環境への気遣いなどおかまいなしに、ただ「目的」だけ明確に感じられる男の感情に女は苛立ちさえ感じていた。
 自分は性処理の道具じゃない。
 携帯電話を握る手に力が入る。
 しかし互いに知った体に多少の安心感がある。
 今更知らない男に体を預ける勇気もなく、重い足を待ち合わせ場所へ運ばせる。

 抱かれる場所は段々と安っぽくなってくる。
 一番安いホテルに入る。
「シャワー……」
「いいよ」
 女は汗臭い体に押し倒され慣れた臭いを鼻の奥に溜め込みながら、脱がされ服を方々へ散らされる。
 下着に手をかけられ、そのまま挿入されそうになる男の胸を両手で押し返しながら、
「ちょっと。ゴムくらいつけて」
 と微かな抵抗をする体の奥へ「我慢できないんだよ。今日だけいいだろ」と入ってくる。
――ああ、何故、こんなことになっているのか。
 深々と慣れた肉が子宮の入り口を突くと同時に頭をかすめる女の思い。
 未来のない関係に終わりを告げられぬ意気地なさに涙が一粒流れ落ち、安いスプリングで軋む壊れそうなベッドの音が耳の奥に何度も届いた。

 部屋に帰りシャワーを浴びる。
 ホテルでは努めて感じようとしていたが体が乗りきらずに冷え切ったままだった。
 ベッドに入り寝苦しい夏の夜の中、一人で体を慰める。
 いつから一人でするほうが感じるようになってしまったのか。
 それでも男の肉を欲してしまう理屈に出来ない欲求に女の性を嫌でも意識させられる。
 女はベッドに転がりながら手帳を見る。
 生理が来なくなって二ヶ月近くになろうとしていた。
 もし妊娠していたら彼に一言だけ告げて産もう。
 彼は反対するかもしれないし、自分のエゴだと言われようと、彼から離れられなかったことが私の罪なんだ。
――こんな感情でも、彼を愛していたと言えるのだろうか。
 ふと考えて浮かんだ言葉をつぶやいた。
「錆び付いた愛だよね。こんなの」
 それでも「愛」とつくことに、女はいささかのぬくもりを感じていた。
コメントにお答えしようと思ったのですが、長くなりそうなので記事にすることに致しました。

よく、「これはあなたの体験なんじゃ」と言われることがあります。
特に女性作家だと男性が色々勘ぐって質問したがりますが、気持ちはわからないでもありません。

小説家はお話を量産しなければいけませんので、どうしても体験だけでは補いきれないものが出てきます。
私の場合は、女性の感じ方などについて、調べたり聞いたりしながら、「こんな感じですか?」と読んでいただくことがあります。
しかし「視点」として「趣味」のようなものは文章に出てくるなとは感じております。
どういう描写に力を入れているかで、その作家さんの視点がうっすら出てくることはよくあると思います。
いわゆる「作風」と呼ばれるものです。
書き慣れてくると、いくらでも「視点」のごまかしはきくようになりますから、「もしかしたら」ぐらいの淡い妄想のほうが楽しめると思います。

よく勘違いされるのですが、「ある特定の人間」が登場人物に反映されているのではないかとは言われますが、半分外れています。
というのは、ある人物からヒントを得ることはあっても、小説らしい人物像としてあらゆる肉付けをされますので、やはりヒントを得た人とはかけ離れてしまいます。
そして「どこかにいそうな人」と「より多くの人に共通している点」を書くのがミソなのです。
これがないと人物としての魅力的な引き付けが足りないのです。
「もしかして私のこと?」と思ってくれたら狙いは当たっているということになるのです。

お話の中に都合よく人間を作るのではなく、まさにそのお話に相応しい舞台上の人間を作り上げます。
ニュアンスとして微妙で伝わりづらいところでありますが、やらせよりもよりドキュメンタリーチックなほうがリアリティがあるといった違いがあります。

「体験がないと書けない」とは少し違い「ある程度人間と接している体験がないと文章に深みが出ない」というのは書いていてよく感じることです。
自分の文章に対する考察力と、人への鋭い観察力がないと、登場人物として薄っぺらくなりますし、本当に微妙な描写なのですが、「この些細な一文」が出なかったりいたします。
読者としては、すっと読み流してしまう一文かもしれませんが、作家としての力量の差が微妙な一文で出てきます。

妄想だけでも鋭い文章を書かれる方はおりますが、よほどの才能の持ち主だろうと思われます。
自分にとって都合のよい文章を書かれる方の臭いは、文章を読みなれていない方でもよく見抜くことができますから、もしかしたら官能小説というのは他者へのアプローチのノウハウがある程度出てしまうかもしれませんね。

私がよく思うのは「口説くまでの雰囲気」と「官能小説」は、よく似ているなと思っております。
必ずしも、素晴らしい文章を書く方が素晴らしい人間であることを保障するわけではございませんことは、きちんと申し添えておかなければなりませんけれども。

小説のジャンル分けの中には「ティーンズラブ」と呼ばれるものがあり、その名の通り25歳以下くらい(?)の若い恋愛を扱ったものがあります。
主に学生や、あまり社会で厳しい目にあっていない、精神的に擦れていない純な方たちの恋愛を描くものなのですが、大人の重苦しい恋愛とは違い、恋愛小説におけるライトノベルといった感じでしょうか。


私にも若い頃があり、ピュアさを出して真っ直ぐに人を好きになった時期がありました。


現在は、というと・・・・・・

色々と傷ついてしまい、人は変わるのだ、変わらないはずがないのだ、という気持ちがどこかにあり、自分の中である種の「保険」をかけるようになってしまいました。


つまり、「いつ気持ちが変わってもいいように自分も過ごす」ということです。
出来る限りのことはしますが、合わなければ昔みたく、しつこく食い下がることなく、さっと身を引くことを大事にしています。
そこまでは、出来る限りのことをする、ということです。


大人になると、という言い方もおかしいのですが、やることが増えると「恋愛のみ」に労力を割くことはできなくなりますし、恋愛よりも大事な事が増えたりします。
生活のことだったり、将来のことだったり、自分が生きていくことを自分で保障しなければいけません。
そしてようやく自分の生活が保障されて、ある程度恋愛への時間を割けるという事情から、大人の恋愛は「甘い」というよりも「塩辛い」感じがいたします。


しかしよく気がつかされることなのですが、女性は雄々しく尽くされたいし、男性もまた母性的に尽くされたいと望んでいます。
両者とも「恋愛小説」や「ドラマ」のような「夢のような話」や「過去に経験した理想的な恋愛」を基準にして現在の恋愛を見がちではあります。


「夢のような話」というのは「時間」と「労力における物理的限界」を結構無視しているので、まるで人間は恋愛に関して、「好きならば、どこまでもやり続けることが出来る」という錯覚をしがちです。
実際に恋愛をしてみれば、尽くすことにもペース配分をしなければいけませんし、「恋愛疲れ」のようなものもあります。
つまり休憩を差し挟まないと疲れ果てます。


恋愛をし始める時、「恋の真っ只中」にいますから、いくらでもできそうな気持ちになりますし、その勢いこそ「恋」よ呼べるものなのですが、この時期大変無理がきくので、ふと恋が冷めたとき「無理だった部分」が物凄い勢いで疲れとなって襲ってきます。
だいたいこれでダメになってしまうパターンが酷く多いのですが、年配の大人でも、若い頃と同じような失敗を堂々として別れます。


言うなれば「支え方」にも「労力の限度」があり、お互いの「労力の限度」は実生活の中にこそあり、ちゃんと見えていないと際限なく甘えてしまうことになり、それが相手を潰してしまったり、自分の過信が後にギクシャクしたものを招いてしまうことがあります。



簡単に別の言葉でまとめますと、

・「恋」は「ガソリン」のように爆発的に燃え上がりエンジンを動かすが、燃料消費も爆発的。

・「理想」は「無限」。「労力」は「有限」。

・「理想」は「現実的な努力の果て」にようやく見えるもの。


どうしても私はシビアに恋愛を捉えてしまうため、甘いお話を書いていると現実的なことを考えてしまい、取材対象のお話も組み入れたりすると、嬉しさ半分辛さも半分で恋愛小説を書いてしまいがちです。
小説は「お話」なので、シビアさの必要性がないのですけれど。


逆に「恋」よりも「愛」のことを考えることが物凄く多くなりました。
私も恋をして結構ていのよいこと口に発し、できなかったことがたくさんあり、すれ違ってきたことも多かったのです。


「できることを、一生懸命積み上げていく」


「思い出」と呼ばれるものは「体験」の中でしか出来てこないと思うのです。
たくさんの言葉は、その場限りでは甘いものだったりします。
当然たった一言で壊れてしまうものもありますけれど、きちんと思い出作りのための行動をしていけば、それはよい思い出になると思うのです。


人は意外に、この「思い出の力」が人生の活力になったりします。
よい思い出は、ふとした瞬間思い出すのです。
そして心を彩ったりします。


「恋するよりも愛すること」


愛することは大変です。
莫大な労力が必要だし、忍耐力も必要だし、とても厳しい環境下でも切り抜けていけるような勇気や、時として知力が必要です。
本当に愛しだしたら、投げ出したいような辛いこともたくさん起こってくるでしょう。
立ち向かっていく価値があると思ったものに、立ち向かっていかないといけなくなります。


理想を言い合うのはとても簡単な事でも、きちんと労力の限界を互いに把握しあうことは、日々の話し合いの中でしかわかってきません。
「愛」は非常に現実的なものだと考えています。
そうでなければ「愛」が成り立たないのです。


恋愛をすると「恋と理想」と「愛」を混同して考えがちになります。
なので失敗することもたくさんあるとは思います。
悩んだり苦しんだり泣いたり喜んだり笑いあったりする姿を見ていると急に嫌だった人間も愛おしく見えてきます。
私は、そんな「人間臭さ」を「小説」として描きたいなと思っています。
$幻蝶 妖艶の悪戯 ~官能の調べ~-車両進入禁止


 打ち捨てられている、錆びた二つの車両進入禁止の標識が、男の心に引っかかった。
 互いにいけないと思いつつも、いつの間にか離れられない存在となってしまっていた。
 女は男の視線の先を追って、男が何を考えているのかを察していた。
 手を伸ばそうにも伸ばさず、握ろうにも握らず、欲する気持ちを隠して、女は男の次の行動をじっと待っている。
 振り向く男は手を伸ばす。
「少し、手を繋ごうか」
 他人の視線を気にしながら一緒に歩いていた二人は、滅多に寄り添って歩くことはなかった。
 知り合いのような距離感。
 それでいて知り合い以上の秘密を共有する仲。
 服を脱ぎ去った姿をよく知っていて、体の反応が目をつむるだけで浮かんでくる付き合い。

 女は男の手を握りながら想う。
「いつか止めなければ」を考えることすら嫌になってしまったと。
 空は晴れていて、雲が筆で線を引いたように伸びていた。
 一緒に歩きながら女が雲を見ていると、少しずつ流れていって薄く溶けていき、白くくすんだ空が残った。

 男は街路樹の根元に植えられた姫キンギョソウを見つけた。
 しかし気に留めることもなく、花の名前も知らず通り過ぎた。

「いつまで、こうしていられるのかな」
 短い情事の後、女は男の横顔を見ていた。果てた余韻が引いていく脱力感の中で、口走った。
 先のことを聞きたいわけではなかった。
 ただ漠然と、終わってしまった二人の行為に寂しさを覚えただけだった。
「いつまでも一緒にいるよ」
 甘い言葉の裏には、何かがあるわけではなかった。
 小さな空っぽの小箱だけをもらって、中身を知っているから開けないで眺めている子供のような気持ちだった。
 大人の嘘に付き合い、ありがとうと微笑む小さな子供になったようだった。
 男は汗で冷えた女の体に毛布をかけた。
 タバコに火をつけるためにベッドを出て、窓の外を見ながら煙を吐くと、ミニチュアのような街並みが曇った。

 外に出ると宅急便のトラックから荷物を運ぶ運転手が足早に荷物を運んでいた。
 二人は手を握ることもなく、誰とも目を合わせることもなく、二人が背負い込んだ荷物を背負うこともなく、今日という二人の時間を終えた。
 送り出した沢山の荷物は、どこに届くのかも、本当に相手に届くのかもわからず、離れられない気持ちだけが積もって、心の積荷を増やしていっていた。

 女は帰り道で道路に書かれた「止まれ」の文字を見つめる。
 視線を上に上げると、その先には錆び付いた車両進入禁止の標識があった。
 長いこと、この近くに住んでいるのに、いつから錆び付いていたのだろうかと気にかかった。
 今まで気にすることもなく、想いだけを募らせて男と一緒に居た自分を、少しだけ遠く感じた。

 確か今日は冷蔵庫の中にすき焼き用の牛肉が四人分残っていたはずだと女は思い出した。
 豆腐としらたきは切らしていたから、スーパーで買って帰ろうと、歩き慣れた道を進んだ。
 肌に男の余韻を残しながら、次に触れられることを思い浮かべながら。
カムイさんの官能小説論のようなものを考えてくれませんか、と言われ少し戸惑いました。
というのも私の作品の場合従来の官能小説という範疇ではなく人としっかり向き合いたいなと思って書いているので、官能小説に不必要なもの、つまりは苦しみや悲しみも平気で書くためヌキ目的では使えないからです。


私は男ですから女性を主体にした小説を書くとき他人から教わることしかありません。
男と女は根底の感性からして違うものなのだなと、触れるごとに意識を改められます。


そんな中男性向けの性商品があふれています。
女性の生の感情や衝動はそこにはありません。
わざわざ「女性向けの官能小説」というのを意識しているのは、女性にも優しい商品があってもよいのではないのかな、という思いもあります。
そして人の心模様を通じて男性が思っていることと女性が感じていることは違うのだなということを描ければと常に考えています。


女性が際立つことにより、男性が炙り出される。
その逆もあります。
そうして人と人との係わり合いの中で心を通わせているのだというのを意識したいのです。


これは自慰をするよりも、愛し愛され、きちんと向き合った時の体の交わりあいは本当に気持ちがいいものだからです。
女性はきちんと相手の心をも抱くことができたのなら、信じられないような劇的な反応を示します。
肌にツヤが出たり、次の日からとても優しくなったり、笑顔が増えたり、見た目からして変化したとわかるほどハッキリ出てきます。
そういう女性をまた抱く、愛でる。
逝く時の反応すら違ってくる。
これが互いの快楽ばかりを考えていたら変化は乏しいのです。
性的な衝動の発散が主目的で、人と向き合うことは、その次です。
男性優位のセックスで時折女性が置き去りにされている声も聞くと、どうしても女性の気持ちを無視してはいけないなと書き手として感じるわけです。


まだまだ未熟で描ききれてはいませんが、それでも感想をもらったり、じっくりお話を伺いながら私なりに女性を表現しています。
女性が自然と性的な高みに達するには男性とは違って数々の組み立てのようなものが必要なのです。
そこは男性から見たら面倒だと思うほどですが女性にとっては重要です。
男性が面倒だと思うようなことを女性はとても大事にしている。
女性にとって自分を差し出すまでのプロセスはとても重要です。
その流れにこそ生身の女性の姿があると思っています。


官能といえど、そんな生身の姿や心模様をしっかり描きたい。
当然読み物ですから女性だって見たくもないものがあるでしょうし同性の共感できないところもあるでしょう。
官能小説としては私の作品は落第点かもしれませんし、私自身もまだ足りないところは数多く自覚しているところです。
それゆえにまだ伝え切れていないものがたくさんあることも。


どうにかして官能と生身の姿、つまりきちんと文学することを官能と両立させたいなと思いますが、それもまだまだ伝わらず、日々試行錯誤し、そして女性たちから毎日のように教えられることばかりです。
なので持論を展開するような状態ではないのです。


女性に教えられて、そして書く。
これが私の官能小説です。
本当に心まで愛されつくした女性の逝き方は普通に性欲を処理するような逝き方とは違って、まるで別の世界に飛んでいっているようです。
瞳が目の前の世界ではない別のものを見ている。
体も鮮魚のように、いつまでも反応します。
心から何かが溢れ出たように泣き出したりしますからね。


女性を感じさせたいのなら、体を抱く前に心を抱く。
心まで届くように近づいていくために相手をちゃんと見て試行錯誤する。
そういうやり取りを小説として私は描きたいし、読んでくれている人が何か感じ取って欲しい。
色々な願いを込めながら色あせない作品を心がけています。


官能小説論とは程遠いのですが、これが私の作品への姿勢です。
ちゃんと生身の女性から意見を聞きながら作品作りしているのですよ。
そうして日々磨いています。
私は作品を通じて誰かの心を抱きたいと思っているところもあるかもしれません。


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