はいオレ凝視

今日は相方休日出勤なので
弁当なしこ

仕事→朝までだって言うから
なんか持たせようとしたら
ピリピリしていて
断固何もいらないと👤お弁当
(おかんと息子のようなやりとり)

【相方の休日出勤の定番朝昼飯】
(花の器に入ってるのはケチャップ)
(ピーナッツクリーム絶対)

今日起きて
おかんに電話したら
最近の中で1番声としゃべりが
しっかりしてて少しだけホッとしたDASH!
(ま、途中おとんの話しては泣いてたけど)
(兎に角、我慢せず泣くようにと伝えてあるけど)
(人様の前でオイオイ泣く人ではない)

おとんが亡くなってから
2週間程実家におかんと居て家
(娘のオレだけ)
オレまた2週間程
都会さ帰ってくるときにビル

独りにすることが
とても可哀想で心配になったのだが…

おかん
1人になる時間が
持ててよかったように感じる
(夜だけだけど)
(昼間は必ず誰かが訪ねてくる)

どんな感情も自分で
向き合うしか方法がない

どんなに周りに親身になって
くれる他者がいても

独りでその感情に
向き合う時間がなければ
ずっと変わらぬ苦しさのまま

それに気づいたのは
20代の半ばじゃったかな…

だからって生きやすくなったわけではないけど
それを知ってるって大事かもしれん

ひとは誰もがひとりではなく
ひとは誰もがひとりだということ


オレは今まで
「人生は苦である」って仏陀の言葉が不快だった
おそらく確信をついているからだと思う

でも今時のキラキラスピリチュアルで
見てみないフリをして生きるのなら

人生は苦であることを認めて
そんな人生は嫌だ!ともがかず
降参して日々生きた方が
人生の光に沢山気づきながら
生き抜ける気がする
(と最近思った)

オレ独自のキラキラスピリチュアルは
「人生は苦である」
ことを受け入れるところから
始まるのだろう

人生は苦しくて
地球は切ない星なり
(その考えは不幸で悪いことという観念があった)
(けどこれを機にこの観念を手放そう)

それ以上でもそれ以下でもない


ただそれだけの事
byシャウアプフ

てか
苦しくて切ないがあるから
他者の優しさが身に沁みるし
他者の心にも寄り添える

それを受け入れた上で
自分の寿命まで日々淡々と生き抜くと決める