かむなぎ(神和)の道

かむなぎ(神和)の道

日々の気づきやメッセージなどを書いていきます。


テーマ:

失敗を恐れずに、

 

勇気をもってチャレンジして、

 

で、失敗して。(笑)

 

 

次はうまくいくかな?

 

と思いながらチャレンジして、

 

で、失敗して。

 

失敗して。。

 

 

なんでうまくいかないんだろうと悩んで。

 

 

もうチャレンジすることを諦めようかと思うけど、

 

何かが気になり、

 

戻ってくる。

 

 

試行錯誤がはじまり、

 

それでもうまくいかなくて、

 

悩んで、

 

そして試行錯誤。

 

 

 

そんな中、

 

ちょっとした出来事がきっかけで、

 

何かに気づけたりする。

 

 

 

それはすごく簡単で、

 

当たり前のことなんだけど、

 

今までの自分では気づけなかったこと。

 

 

 

その気づきを頼りにチャレンジしてみると、

 

あっさり成功したりする。

 

 

世の中って、

 

なんかそんな風にできているのかも知れないなと、

 

ふとそんなことを感じる

 

休日の午後でした。^^

 

 

 

 


テーマ:

 

先日、「修験」というタイトルの映画を観ました。

 

 

山形県にある修験の聖地「出羽三山」を舞台に行われる、

山伏修行の様子を伝えるドキュメンタリー映画です。

 

※予告編の映像はこちら

https://www.youtube.com/watch?v=GaF6uxUIWHY

 

 

 

出羽三山の山伏は、現在二つに分かれています。

 

一つは神道系で、修行主体は「出羽三山神社」。

 

もう一つは仏教系で、修行主体は「荒澤寺(こうたくじ)」。

 

 

映画「修験」は、

荒澤寺の修行の思想や内容を紹介したものになります。

 

 

山伏の修行は、他言無用。

 

その内容を絶対に人に話してはいけません。

 

 

私は「出羽三山神社」に属する山伏なので、

仏教系の修行の様子はまったくわからず、

たいへん気になっていました。

 

 

そしてこの映画がなぜ、

伝えてはいけない修行の様子を伝えてしまっているのか、

非常に疑問でした。

 


上映後、

監督をとつめた北村さんのお話をうかがうことができました。

 

 

 

取材は今から15年前。

 

荒澤寺の大先達(一番偉い方)からの、

 

「修験というものが、

今後も生き残っていく価値があるものなのかどうか、

世に問いたい」

 

そんなお話がきっかけだったそうです。
 

 

この映画が最初に上映されたのは、2004年。

 

約15年の時を経ての再上映となったわけですが、

映画館はほぼ満席。

 

時代が、

このような文化や精神性を求めているのかも知れないな、

と感じました。

 

 


観賞後、清々しい気持ちに包まれている自分がいました。

 

それは修行が終わった後の、

高揚感や背筋が伸びる感じに似ていました。

 

 

山伏の修行は、

「擬死再生(ぎしさいせい)」の行と言われます。

 

 

修行に入る前に、自分の肉体を滅し、

魂の存在となり、

十の世界をめぐります。

 

 

十の世界とは、

①地獄界

②餓鬼界

③畜生界

④修羅界

⑤人界

⑥天界

⑦声聞界

⑧縁覚界

⑨菩薩界

⑩仏界

です。

 

 

地獄界の行では、

まさに地獄の苦しみを味わいます。

 

畜生界の行では、

畜生のごとき生活を体験します。

 

 
「地獄を味わわなければ、地獄にいる者の気持ちは分からない。

 

畜生を体験しなければ、畜生の気持ちは分からない。

 

魂の存在となり十界をめぐり、菩薩性を宿して生まれ変わる。

 

そして世のため人のために尽くしていく。

 

それが山伏の修行」

 

 

映画の中で語られるそんなメッセージが、

心に染みました。

 

この言葉を聞き、

自分の原点のようなものを思い出すきっかけにもなりました。

 

 

僕は、

様々な体験を通して自分を成長させ、

世のため、誰かのために、

役だっていきたいのです。

 

 

人生のテーマは人それぞれ。

何が正しくて、何が正しくないのかもわかりません。

 

大切なのは、

自分の心に響くものがあるかどうか。

 

そういうことを、

思いださせてくれる映画でした。

 

 

 


テーマ:

思ったことや考えたことを

 

現実世界でカタチにする。

 

 

 

仕事でもプライベートでも、

 

たくさん行ってきました。

 


新しい商品を開発して世に出したり、

 

イベントを企画して実施したり。

いろんなコンテストで賞もいただいたこともありました。

 

 

 

何かを現実世界でカタチにするには、

 

現実世界での努力も必要なのですが、

 

僕には、

 

カタチにする際に大切にしている

 

「感覚」のようなものがあります。

 


それは、

 

「そうなるのが当たり前」

 

という感覚。

 

 


そんなこと、簡単すぎて、できて当たり前!

 

ハードル低すぎて、まあ楽勝!

 

そうなって当然じゃん!

 


そういう感覚を自分の中に、

 

「思考レベル」ではなく、

 

「体感レベル」で宿すことができるかどうか。

 


これがとても重要な気がしています。

 

 

 


それをカタチにする前に、

 

あまりにもできて当たり前なので、

 

何のプレッシャーも感じず、

 

カタチにした時の状況をありありと楽しく、

 

身体レベルで事前経験してしまっているような、

 

そんな感覚です。

 

 


そのような状況になると、

 

たいがいのことがカタチになります。

 

カタチにできます。
 

 


逆に上手くいかないこともありまして、

 

その時は、

 

心の中に「緊張」があります。

 

 


背伸びして、

 

無理をして、

 

プレッシャーを感じて、

 

それをカタチにすることが、苦しくなる感覚。

 

 

 

これがあると、カタチにならないことが多いですし、

 

カタチになっても、

 

流れに乗らず、

 

トラブルのようなものが起こることがあります。
 

 

 

 

「そうなるのが当たり前」

 

という感覚からカタチにしたものは、

 

それがほとんどありません。

 

 

 

想定と違うことが起こっても、

 

結果的に良かった。

 

そうなることが、とても多いです。

 

 

無理なく、

 

よい流れに乗って、

 

流されているような感じがあります。
 

 


ちょと緊張しているな、

 

背伸びしているな、

 

と思ったら、

 

 

「できて当然」

 

「そんなこと簡単すぎ」

 

という感覚が抱けるように、

 

取り組みの規模や目標を変えるようにしています。

 

 

※なかなか、そうはいかないこともありますが…

 

 

 

大きな目標はもちろん大切。

 

でも、その目標に辿りつくまでに、

 

どれだけ小さなステップを設定することができるか。

 

 

それがとても大切な気がしています。

 

 

 

取り組むことを分割したり、

 

ブレイクダウンしながら、

 

プレッシャーがかからず楽しめるレベルに、

 

「当面の」目標設定を変えること。

 

 

 

その積み重ねが、大きな目標を実現し、

 

願望を実現するコツのように感じています。

 

 

 

今、目の前にある仕事に向かいあいながら、

 

あらためてそんなことを考えました。

 

 

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