須賀川市立博物館に行く・・・の巻4/30 | 乾パンのブログ

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今日はJRAの新潟競馬場に行こうと目論んでおりました。

 

 

上矢印昨年の10月以来馬

また私が応援する今村聖奈騎手が新潟に騎乗にやって来るんでねぇ音譜

 

郡山から新潟まで磐越自動車道で180kmちょっと・・・

我が愛車、日産軽自動車号では燃料満タンにしてもどっかで給油しないと帰れないなぁべーっだ!

 

と思ったのですが・・・

今日は宝塚歌劇団星組大劇場公演『1789』の先着順前売りの日。

一次抽選、二次抽選と失敗した私的には是が非でもチケットGetしたい。

ひっとんオランプ、くらっちアントワネットは万難を排して観たいですからね。

 

まぁスマホさえ有れば何処でもチケット取れる時代です。

でも予め宝塚公式サイトのwebサイトに入って待機する必要がある。

心配なのは会越国境の長大なトンネルでここでスマホの電波が途切れたらもうお終い。

それが心配で今回は新潟行きは中止しましたえっ

 

チケットwebサイトに朝6時に入るとパソコンとスマホを15分おきに更新して10時まで待機。

今回はパソコンとスマホで何とか日曜日マチネA席1階後方席を2公演分Getチョキ

 

ホントは2階席の方が良いンですけどね・・・

でも席を選んでいるうちに完売で失敗することも何度も経験してますから、

今回は「おまかせ」で即決しました。

 

でも6月は2回宝塚遠征ということになってしまってあせる

コレは避けたかったんですがツイ買ってしまいましたDASH!

郡山⇔宝塚往復は疲れるんでねぇ

若い頃と違って日曜日に宝塚に行くと翌日に影響してしまいます。

 

まぁ星組『1789』は絶対に観たかったんでやむを得ない事象ですが。

東宝劇場でもっと簡単にチケット取れたらなぁショック!

 

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午後から雨が止んだので須賀川市街翠ヶ丘公園内にある

須賀川市立博物館に行ってきました車

まぁ晴れてりゃ高校野球春季大会県中地区予選見に行ってましたが野球

 

 

郡山に引っ越してきた直後に来訪したことがありますが4年半振りかラブラブ

 

 

如何にもな地方公共団体の歴史博物館。

入場料大人200円。

 

 

この須賀川市稲にある稲村御所のジオラマが見たかったんですベル

 

 

中世の一時期、この須賀川の地が「東北地方の支配の要」になろうと試みたことがあって

地元の方々には誇りになっているようですチョキ

 

 

上矢印こん時の散策での下調べで市立博物館に稲村御所の模型があるって知ったのでグッド!

 

 

本丸の建築物群は推測なんだろうかはてなマーク

多分、当時は周囲に樹木は無くハゲ山に近かったと思いますが・・・

 

 

北側の堀や土橋もこんな感じだったのかべーっだ!

まだ室町時代前期の城砦なのでシンプルな虎口ですね(多分・・・)

 

 

本丸の南側にある徳玄屋敷と称させる施設。

徳玄という医師が住んでいたことがあって地元では徳玄屋敷という地名が残っているそう。

 

このジオラマでは稲村御所の外郭(馬出はてなマーク)として表現されていますが

最近の発掘調査で徳玄屋敷の郭は御所の堀を破壊して構築された痕跡があって

稲村御所が廃城となった後に建てられた・・・らしい。

 

 

その他・・・戦国期に須賀川を治めた二階堂氏のコーナーも充実クラッカー

天正年間後半と言えばもう戦国期も終末期ですがね・・・

この諸勢力で近世大名として幕末維新期まで生き残るのは

伊達氏・相馬氏・佐竹氏・上杉長尾氏ぐらいでしょうかドンッ

 

この中では留守氏が好きドキドキ

多くの領主は名字に土着した地名を用いたのですが、

中には官職名を世襲しているうちにその官職が名字になる氏族がいた。

九州少弐氏、常陸大掾氏、陸奥留守氏、陸奥介氏とか、少数派の魅力を感じますクラッカー

 

 

和文タイプライターも懐かしいなぁベル

なぞの機械か・・・

 

学生時代に学連執行部室に和文タイプライターがあって

チマチマと(学生組織の主張を表現する)ビラや資料類を作ってました。

 

私の学生時代(1980年代中盤)には独特のゲバ文字でガリ切って

ガリ版印刷でアジビラ作る技術は失われてたなぁハートブレイク

 

 

博物館の外には藤棚あり。

 

 

藤の花って独特だし綺麗ですねドキドキ

 

 

万葉集では藤を藤浪と表現するそうですが、

確かに浪々してる感じは現代人にも分りますねラブラブ