新宿歴史博物館に行く・・・の巻 | 乾パンのブログ

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東京は帝都だけあって、星の数ほどミュージアム(博物館や歴史館、資料館の類い)がありまして・・・

通い始めたらキリが無いのですが、この前のGWを利用して

新宿区四谷にある新宿歴史博物館に行って参りましたラブラブ

 

 

津之守坂から1本路地裏に入った坂上にある新宿歴史博物館。

 

 

東京府の全ての市区町村には歴史博物館の類いがありますが、ココもその一つであります。

見所は・・・

 

 

繁華街新宿の発端となった内藤新宿のジオラマですラブラブ

写真中央の丁字路が現在の伊勢丹・マルイのある新宿追分交差点。

 

奥側が半蔵門へと続く新宿通り。

手前側が青梅街道、

右へ曲がるのが甲州街道ですね。

右の小川が玉川上水となります。

 

そもそも江戸を出でて甲州街道の最初の宿場町は高井戸だったのですが、

不便との庶民の声で新築されたのが内藤新宿でした。

 

そもそもは内藤駿河守(高遠内藤家)の中屋敷だったのを、幕府が供出させて宿場町にした・・・

という由来があります。

内藤さんの住んでいた場所に新たに作った宿場町・・・ってな塩梅で内藤新宿。

 

よって、現在の新宿は「内藤」という地名でも良かったのですが、

何故だか、一般名詞である「新宿」という地名が残ったんですねぇビックリマーク

 

なお、つい最近まで新宿は東京市ではなくて豊多摩郡でした。

円タクに乗っても四谷区境で運転助手君から「お客さん、ここから先は別料金になります」との告知で、

アタフタしたもんだったよなパー

 

 

現在でも営団地下鉄丸の内線新宿御苑前駅付近の新宿通りは僅かに屈曲していますが、

これは江戸時代から変わらないというわけです。

 

 

かつての裕福な商家。

 

 

火鉢とタンスと番頭さんが帳簿を広げる机ってのは時代劇でも定番ですねぇチョキ

 

 

東京市電の大型ボギー車の先駆けとなった5000型のレプリカ。

 

 

このマスコンはモノホンだそうです。

良い味出してるねぇベル

 

 

昭和10年頃の落合にあったという設定の「文化住宅」の再現。

当時の新興プチブル階級であったサラリーマンの住処ですね。

 

 

玄関

 

 

卓袱台のある居間。

そう・・・サザエさんの家は「文化住宅」だったんですなラブラブ!

 

 

洋風の応接間は・・・伊佐坂先生の家にあったよなぁ

 

 

よく出来たミュージアムですよ。

 

 

新宿の繁華街を歩く人達の「階層」別割合。

奥さん、若奥さん、娘・令嬢とか、当時(昭和戦前期)においては一目瞭然だったのでしょう。

 

今和次郎先生の考現学入門からの引用ですが、懐かしいなぁ

「考現学入門」は私の散歩趣味の発端となった本でしたな。

 

 

新宿にもムーランルージュ(赤色風車)があったんですねぇラブラブ

現在の新宿駅東南口ドンキホーテの辺り。

 

ほんの30年前までは、戦後の場末感満載の独特の雰囲気の繁華街ですが、

現在では再開発されて雰囲気は一変しちゃったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

四谷には狭い昭和感漂う路地裏がまだまだ残っています。

こういう場所の散歩が堪らなく好きなんだよなぁドキドキ