ソード ファイト sword fight | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

「喧嘩(でいり)だ。」
長い黒髪の男は二振りの刀を無造作にわしづかみする。
螺鈿細工を模した青い鞘の刀を傍らの女に渡す。
どちらもまだ若い。
黒いスーツに身を固めている。
それでも就活生には見えないのは、軸のぶれぬ重心の低い立ち方と
鋭い目つきのせいだろう。
「どのように致しましょう。」
捧げ持つように受け取り、女は問う。
「紙一枚の寸止め。おまえならわけないだろう。」
男は答える。
「髪の毛2.3本はやらせて下さい。」
女は請う。
「いいだろう。」
そこで言葉を切り、男は一転表情を変える。
へらりとした笑みは貼り付けたものだとあえてわかる作り笑顔。
「ただし、切った髪は拾ってちゃんと謝りなさいね。」
うっ、と返答に詰まって無言になった数秒の溜めの後
「…申し訳ありませんでした。」
女は恥ずかしそうに純朴ささえ感じる深々としたおじぎをする。
「それでいい。」
男は満足げに口角をあげる。
「掴みはOKだ。」
窓の外に目を向けた男の視線を女が追う。
視線が揃い、そしてうなずき合う。
「流れをこちらに向けるぞ。」
手元に刀をぐっと引き寄せ男は宣言する。
「運は呼び込め。博打は乗せろ。波を起こすのは俺たちだ。」



リン・ヤオは若きカジノ経営者である。
インバウンドをターゲットにしたカジノ誘致の動きにいち早く乗り頭角を現した。
輸入品販売業時代にマカオやシンガポールでノウハウを学び、この国の実情に
あわせたカジノのモデルを作り上げたのだ。
一地方都市のリゾート内とはいえ規制の多いこの分野で、外国資本の巨大
リゾートやパチンコなどの遊興施設経営者を差し置いて成功をおさめたのは、
彼のカジノの利権の絡まないクリーンで健全なイメージが大きい。
しかしそれは表向きの話。
リン・ヤオは実はマフィアの首領である。
その実態はよくわかっていない。
ヤオ家はこの国に4代前に移住してきた一族で、代々同胞の面倒をよく見てきた。
港湾の荷揚げや人足の派遣などするうち、この国の枠内ではおおっぴらにはし辛
い仕事を請け負うようになったらしい。
それをマフィアと呼ぶのかといえば微妙だが、暴力団や任侠団体や右派政治塾等
と渡りあえる結束を持った一族の長であることは間違いない。
界隈で『皇帝』と呼ばれたリンの父の頃はかなり荒っぽい仕事ぶりだったという。
時代がそういうものだったとも言えるだろうが。
リンの時代になって粗暴さはなくなった。会社組織として社会的に確立した。
が、その鋭さは失せない。
人々の欲望の向かう先を読みそれを動力として進む船が彼のカジノだ。
乗っている一族の命運のためにリンは時として冷酷なまでの辣腕をふるう。
そんな彼のオフィスで、先ほどのやりとりは行われた。



その少し前の話。
「和をコンセプトにしたカジノだってさ。」
男、つまり若きカジノ経営者リン・ヤオは投げやりに言い捨てる。
「あの天下り役員が持ってきた仕事だ。」
御多分に漏れず、この業界はある程度の規模になると警察OBの天下りを受け入れ
ざるを得ないようにできている。
それなりの待遇で迎えて、なるべく仕事をさせないようにしたいが、警察とは縦横
の繋がりが強いものだ。その役員は、広告代理店に天下ってる昔の上司から持ち
込まれた仕事に妙に張り切ってしまっている。
「広告代理店なんて入れてみろ。頭からっぽなマスコミに宣伝名目で手間とられ
下請け孫請けのペラッペラな貸衣装と小道具屋に学芸会みたいな小屋を作られて
大枚持ってかれるのがオチだ。」
吐き出すようにリンは言う。
「しかも鉄火場の再現なんてしろうとが何言ってるんですかね。」
女、秘書兼広報担当のランファンも憤慨する。
「博打も文化ですよ。地域によってルール全然違うんですよ。フリだけしようったって
型を知らなければ客の相手なんか出来ませんよ!」
「47RONINみたいに換骨奪胎ハリウッドのノリにしたいらしいよ。」
呆れた口調でリンは言う。
「トーエイのヤクザ映画何十本も見てるような客がいる可能性ひとつも考えてい
ないですね。」
ランファンもそれに同調する。
「カジノといえどこの国で賭場を開くのには信用が要るんだ。うちが古い博徒の
親分さんたちにどんだけ仁義切ったか。俺が各地で何人の足洗った壺振りの爺
さん探して話聞かせてもらったか。」
次第に激しくなる口調に自分で気づいたらしい。
「ま、理解する頭持たない奴らに話してやる義理はないか。」
リンは投げ出すように言い捨てた。
「つっぱねますか。」
目をとがらせてランファンは訊く。
「うまくないな。金が引っ張れない。」
真顔になってリンは声を落とす。
「おとなしく従う態で逆に取り込むと。」
ランファンのとがっていた目が企みにニヤリと光る。
「それがヤオ家のやり方だろ。」



そして先ほどの二本の刀が持ち込まれての話の続きとなる。
「奴ら俺をお気楽な学生起業家のガキだと思って舐めきってるみたいだからさ、
ちょっと遊んであげないとね。」
リンは大学生でもあるので、実はそれは間違いというわけではない。
「うちの法務部門の出番がない程度にお願いしますぞ。」
先代から仕える側近の老爺フーがリンに釘をさす。
「大丈夫、こんなの余興さ。」
「この通り、ビジネスの話し合いですから。」
スーツの襟を正してランファンが言う。
「模造刀で小芝居など若ご自身がなさらなくても。」
フーは不本意そうに嘆いてみせる。
「あいつら、面白いことをしてみせる奴には食いついてくるから。」
「餌ですよ、爺さま。」
フーをなだめるようにランファンが言う。
「お互いの求めるものをすり合わせるならこれくらい腹割ってみせないとね。」
リンはうそぶく。
「仲良くなったあとなら、恩の押し売りもやりやすいだろ。」
「ビジネスパートナーなら筋を通すところに通しておいてねと忠告してあげませんと。」
リンもランファンもサラッとあくどいことを言う。
「なるほど。こちらはちゃんと伝えてましたよというパフォーマンスですか。」

「それにしても剣劇とはまあ。」
フーはも用意していたもう二振りの脇差を見ながら言う。
さすがにスーツで大小二本差しは無理だったようだ。
「何かあったら切腹パフォーマンスもしてみせるおつもりですかい。」
「切腹は!若が!相手にさせる方です!!」
ランファンは憤慨して怒声まじりになる。
リンが下手に出ることが仮定でも我慢ならないらしい。
「さあね。そんな猿芝居続きにならないよう願いたいものだ。」
リンは飄々とうそぶく。

「儂はそこに同席せずともよろしいので。」
フーが問う。
「フーにはもっと大事な時に出てきてもらうから。」
目尻を下げてリンはなだめるように言う。
「フーが紋付なんか着て現れてみろ。どう見ても親分さんだろ。俺、かすんじゃうもん。」
リンはふくれっ面をしてみせる。これはかなり本気らしい。
「ではせめて、着流しでお見送りだけは。出入りと言えば番傘さして道行ってなもんで。」
どこからか持ち出した柿渋色の番傘を手にフーは言う。実はかなり乗り気だったらしい。
「傘で顏隠しておいてくれよ。後々のために。」
「遠州か、上州、それとも播州ですかな。どちらの親分さんを演りましょう。」
リンとランファンは声をそろえて言う。
「「相手のこわがる方!」」



ランファンの携帯電話が鳴った。運転手からだ。
「そろそろお時間です。」
ランファンはリンに黒いコートを背後から着せかける。
リンは袖を通さず肩にかけたまま羽織り刀を無造作に担いだ。
「さあ、行こうか。ゲストが待っている。」
黒いコートの裾がひるがえる。
うなじで束ねた長い黒髪が揺れた。
「ゲームの始まりだ。」




あとがき

長年おつきあいさせていただいている『雪待月』のしぐ様から、マフィアパロの
腹黒リン様をリクエストされていたので、お誕生日祝いに急遽upしました。
マフィアってようわからん&あまりえげつないのイヤ、でカジノ経営のマフィア
という設定にしました。
これはトレーラー版というか、しぐ様のイラストポスカの日本刀持ってるリンラ
ンがあまりにカッコよかったのでそのイメージで書かせていただきました。
本編は『クレヴァープレイヤー』というタイトルで、エドアルウィンやロイアイ
やホムクル達も出すつもりです。