振りかかる雨 振り返るとき   後編 | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

「リン、無事か。」
 不意に聞こえた声は、ずるずると重いものを引きずる音と共に現れた。
兄のように慕う教育係の男が刺客の死体を提げていた。
「クーロン!」

 光明を見たと思った。落ち着き払った姿が頼もしかった。
 しかし、太くたくましい腕に無造作に提げられた大刀からべったりと
塗れた血が重く流れ落ちるのを、もう片方の腕で助け起こされて見なが
らリンはいいようのない違和感を感じていた。


 この上なく頼れる助けが来てくれたというのに、これでもう安心と思え
ないのはなぜだろう。
 何かの悪意がまだ身のそばに潜んでいる・・・


 その悪意の正体をリンがはっきり知ったのは半年後だった。
この日以来会えなくなったランファンの処遇も。



 リンに知らされた事実は身元不明の侵入者がリンの居住する房に侍る
宦官二名と女官一名を殺害し、彼をも殺そうとしたところを先になんと
か逃げ出していたもう一人の女官により助けが呼ばれクーロンがリンの
命を救ったということだけだった。
 どこの誰がどんな目的で如何に侵入したかはわからなかったと。


 知らされないのは当然だった。
 それでもいつかは知ってしまうのもまた当然のことだった。
 その侵入者がリンの父たる皇帝の母・つまり皇太后の手先の者で、
リンの房の警備が手薄な日時はおろか、侵入経路までを人伝てに漏らした
のはなんとクーロン自身だったのだから。


 クーロンは次期皇帝の座に一番近いハン族皇子のために彼の祖母たる
皇太后がリン殺害の意向を持っている事を知っていたと。
だから彼はあえてハン族皇子の側近をそそのかし、返り討ちにすること
でリンへの脅威を除こうとしたのだと。

 リン暗殺未遂事件の真相を、のちにリンの異母兄十一人の皇子を錬丹
術で暗殺しようとし捕縛されたクーロンはそう語った。


 確かにその通りだったのだろう。
クーロンは刺客を討ち取りリンを救った。
 しかしそれを額面どおり受け取ることはできなかった。
 世話係を兼ねた宦官と女官を殺し、教育係としての自分のリンへの影
響力を絶大なものにしたのはクーロンだったからだ。
 ご丁寧にもただ一人助かった女官は彼に手をつけられていた。
のちに川に身を投げた彼女は、死ぬ前に妹にその事実を明かしていた。
クーロン様はリン様さえ自分の思い通りにできれば私などはもう用済みな
のだわ、と。


 剣術・体術・学問から錬丹術に至るまで文武に秀でたクーロンは申し分
のない教育係と思われた。黴の生えたような旧来の学問だけでなく、西の
諸国からの新しい知識をもって現在のシンの状況に照らし合わせる学問や、
在野のあらゆる体術に絡めた実践的な剣術を教えられる者はヤオ族のなか
でも少なかった。基本
の学問だけに飽き足らぬリンもこの新しい教育係を
気に入っていた。
 ヤオ家の者たちにも、クーロンは好もしい者と思われていた。
ただ自分以外の者の意見を軽視し、リンを自分の影響下においてスポイル
しようとすること以外は。
 クーロンは彼の言葉だけをリンに聞かせようとした。その傾向を危ぶむ
者は当然いた。まず教育係の宦官たち。そして年嵩の女官。
フーとランファンもだ。


 彼らは殺され、事件を未然に防げなかったフーとランファンはリンの護
衛の任から外された。真相は、まともに相手をするとやっかいなフーの不
在時を狙ってことを起こし咎をかぶせ放逐しようというクーロンの企みの
ままだったのだろう。


「フーの孫娘。おまえのような者はリンには邪魔だ、消えろ。」
 リンを助け起こしながら、まるで虫けらを見るような目つきで言い捨て
たクーロンの言葉をランファンは忘れられない。


 その日からランファンはリンから引き離された。リンの房に近づくこと
すら禁じられた。リンを守ろうと出来る限りのことをしたつもりでも、
起こったことの重大さはひとりの娘の主を慕う心など無視し、より力の
強い者へとリンを引き渡すことになった。
 つまりクーロンへ。
 これから大人になるリンにランファンのような身分のない娘は必要ない
と、容赦なく告げられた。
 いつまでもこのままではいられないと予感していたのがこういった形で
来たのだと、ランファンは苦い思いを噛み締めた。




 その日以降、ランファンは子どもでいることを止めた。自分の意思を
通せる力をもった大人になることを自分に課した。
 リンの護衛の任を解かれたフーに頼み込み、彼の教育する他の同胞の
少年達に混じって護衛としての鍛錬を必死で積んだ。

 自分に身分のないことは仕方ない。生まれつきのことを悔やんでも
やりなおすことなどできないの
だから。
 やりなおせることをしよう。
 リン様を守れる力を持とう。
 側で役に立てる者になろう。


 女なのに護衛など、という声には耳を貸さなかった。子どもだからと軽
くあしらわれ真実から遠ざけられたのだから、女だからという声を聞いて
いては今度こそ生きていく根を失う。
 肉体的な不利を痛感しながらもランファンは護衛として身を立てること
に必死になった。
 ふさわしくないのは百も承知。それでもリン様の側にいられるように、
護衛の任と女の体という矛盾を抱えてのたうちながら生きていくしか
自分にはないのだ。迷いはなかった。


―――だから今護衛の身分で、かつ女として寵を与えられることに迷いは
あるけど、もともと矛盾の上に立っている私はこうしてリン様を受け入れ
ることしか考えられない。―――




 思いは胸のうちに沈み、無言のままの口づけは続いた。噛み付くような
荒々しさで唇と舌が絡み合い、口中に流れ込む湯の味のなかにもお互いの
唾液の味を求める。息が続かなくなるまで貪りあい、耐え切れず離れて息
をつけば吐息が耳元をくすぐり、それはすぐに唇での愛撫へと変わって、
鼓膜にシャワーの水音以外のなまめかしい音を伝える。首筋をたどるのは
唇だけでなく、ときに歯をたてられ舌を押し付けられて、肉食獣に食われ
ているような感覚になってすべてを投げ出し屈服したくなる。流れる湯と
は違うもので濡れた太腿のあいだにリンは膝頭を割り込ませ、ランファン
の敏感なところに自身の腿を擦り付けた。

「・・・っ、ん、やあぁ・・・」
 タイルの壁に背を押し付けられていたランファンの脚は緊張に耐え切れ
ず萎え、そのままずるずると崩れ落ちる。
 目元まで真っ赤に上気して床にへたりこんでしまった彼女の前にリンは
シャワーを止めると身をかがめた。
 視界がぼやけるのは目をきつく瞑っていたからだ。それか顔を濡らした
雫か湯気のせい。そう自らに言い聞かせるランファンには自分が涙を浮か
べていることに気づけない。
 横座りに投げ出された脚を膝頭をつかまれ拡げられて、その荒々しさに
息をのむのと同時に、リンの身体が両脚のあいだに割り入ってきた。

硬い徴が押し当てられる。


 急速に与えられた快感に体はまだ緊張を残したままで、ほぐれて自然に迎
え入れるような状態にはほど遠い。しかしリンは躊躇することなくランファ
ンをそのまま貫いた。浴室のタイルの床に押し倒し、無残に髪を乱され横た
わる彼女の腰を抱え込み何度も激しく腰を打ちつける。
 リンの怒張を受け入れながらランファンは苦しさとその中に潜むかすかな
甘美さにちいさく呻いた。





―――クーロン、おまえはいつまで俺を追い詰め続けるんだ。
俺の大事なものをどこまで奪えば気が済むんだ―――


 ランファンを激しく抱きながらも、リンは自問を続ける。
太歳と同化したあの男を殺しても、くすぶる焦燥は消えない。

 10歳のあのとき、極刑を命ずることで終わらせたと思っていたのに奴は
生き残っていた。よりによってアメストリスへ逃げて。
 誰にも知らせず密かに奴を逃がしていた同胞の刑場の男を責めることは
できない。彼らよりずっと多くのものを背負った俺が、あの時に手ずから
奴を殺すべきだったのだ。

 それをしなかったのは、まだ十歳の俺を気遣う周囲の思惑に乗ればヤオ
族の皇子としての自分の保身になるという浅はかな判断だったのではない
か。俺自ら極刑の言い渡しをさせることで俺への処分は済まそうという
皇帝の内示は、公にできない事件だったことを含めて考えても甘いもの
だった。
かわりに失ったものは多岐にわたっていたというのに。


 やりきれなさに顔がゆがむ。


 クーロンの事件以降ヤオ族の錬丹術師はそのほとんどが絶えた。
当然リン自身が錬丹術を学ぶことも中絶させられた。クーロンが企らん
だ錬丹術による暗殺を二度と起こせないよう放棄することは、皇帝に命
じられるまでもなくして見せなければならなかった。
ヤオ家のお抱えの錬丹術師は全員が処分され、ただ生まれがヤオ族である
というだけの術師さえ錬丹術を生業として掲げることは状況が許さなく
なった。
 ある者は道士として廟へ入り、ある者はただの薬草売りとして流浪の
暮らしをし、ある者は自暴自棄になり怪しげな薬に酔って破滅するよう
に死んだ。
 山地の様々な薬草や鉱物を扱うことを得意とするヤオ族の技術は錬丹
術の方面でも相当な功績をあげていたのに、それを活かすことはできな
くなった。

 自分のしたことはあの者たちを、そしてヤオ族の文化の一端を殺すこ
とになるとなぜクーロンはわからなかったのだろう。
 いや、わかっていても奴の頭のなかの天秤は他の皇子たちを暗殺する
ことに傾いたまま、別の力が作用することがなかったのだ。
たとえば俺の力が。


 俺を皇帝にすることだけを望んだ男。俺よりはるかに才能に優れてい
たのに、ただひとつ身分だけが足りなかった男。
 俺は奴に皇帝の器ではないと思われていたのだろう。でなければあん
な風に異母兄である皇子たちを殺そうなどとは考えない筈だ。奴には
たった十歳の俺の力は小さく、だからこそ可愛いくて御しやすいもの
だったのだろう。

 「俺が皇帝にしてやるよ。」
 嬉しくも頼もしく聞いた言葉は、呪いの言葉と同等だったのだ。
奴は俺を皇帝の座へ押し上げ己の力を確認したかっただけだった。


 俺はクーロンに愛されていると思っていたから、いつの間にか変質
していた奴の内面に気づけなかった・・・


―――愛してくれていたはずの者の変質など、もう見たくない!



 不要なおそれとわかっていても、止められなかった。
 苛立ちが昏い情欲に変わってランファンを押し倒し苛んだ。
 苦しげに眉根を寄せて喘ぐランファンは、それでも俺にすがるような
表情をして体を開き受け入れ背を撓ませている。
 俺は一体何を確かめたかったんだろう。
 彼女の何を確かめたかったんだろう。


 リンの体の下で内心の揺らぎが伝わったように、ランファンが薄目を
開けていた。お互いの視線が絡んだ。

「俺を好きか?」
体の下で髪を乱して苦役に耐えるような顔をした女に問う。
「ランファン。こんなことをしても、おまえは俺を好きか?」

「・・・愛して、いまス。リン様。」


 身体を揺さぶる波に翻弄されながら、泣きだしそうな顔で精一杯告
げるランファンの言葉に、リンは思いがけないものに会ったような衝
撃に打たれた。
 アメストリスへの旅を決めたとき、最初にその決意を語ったのは彼
女へだった。滅多に自分から意見を言わない彼女が同行を命ずるより
先に、ではアメストリスの挨拶の言葉をまずは教えてくださいとねだ
ってきて戯れに教えたのがこの言葉だった。

「あ、愛していまス・・・」
 ランファンがこの言葉の本当の意味するところを知ったときには、
何度となく自分に向かって言わせたあとだったから、彼女はなぜ嘘を
教えるのですかと顔を真っ赤にして抗議してきて、以来この言葉を口
にしようとはしなかった。
 なのに、こんな時になって愚直にも。


「ラン、ファンっ・・・」
 急激に予兆がきた。
 直前まで苛立ちなのか欲望なのかわからぬものに突き動かされていた
のに、今、激しい快が体の芯を焦がした。
 足元から背筋を伝って快が駆け上がっていく。
 こらえることもできずその勢いのまま、リンは熱く滾るものを
ランファンのなかに放った。



 頭の芯が痺れて、目の裏が閃光を見たあとのように白い。
 まだ脈動はうずき続けている。
 眼の前の女への愛しさへと変わってうずき続けている。


「ごめ・・・出ちゃったけど・・・これで終われそうにない。」

 まだ整わぬ息のなかで言われた言葉の意味をとらえる間もなく、体内に
埋め込まれたままの楔がふたたび勢いを取り戻しはじめるのを感じて
ランファンは眼を開け主の顔を見る。
「このまま、もう一回・・・いいだろ。」

 いつにない切羽詰ったリンの表情はあやうくて、放出のあとも衰えな
い勢いは彼のなかに溜まっていた暗く執拗な屈託そのもののようだった。
 自分でもどうしようもない衝動に振り回され焦る必死さがいたわしく
て思わずランファンはリンの頭を抱いて胸に押し付ける。
「ええ。」


 荒ぶる心のまま懸命に挑んでくる彼を受け止めるのは苦しい。
しかし主がこんな姿を見せるのは私にだけだと思うとどこか甘い陶酔
があった。できる限りのことをして差し上げたい、それしか考えられ
ない。リン様を受け止めたい。
 いとおしむように濡れた髪に指を入れて漉き、顔の輪郭を辿り耳に
沿ってなでつける。そっと触れる手は慰撫するように彼の肩にふれ、
背をなぞっていった。
 
 その思いが伝わったようにリンは顔をゆがめる。
「変だな。俺、泣きそうだ・・・」
「お泣きになったっていいのに。」
「そんなこと言うなよ。」
 言いながらリンはランファンの胸に顔を埋めた。

「本当のこと言うと、さっきランファンを脱がせて裸になったのを見た
ときもなんか泣きそうだった。あんまり綺麗で。」
「そんな・・・怖い顔をしていらして、私全然わからなくて。」
 撫でる指先に触れるリンの背中は汗ばんで熱い。
「俺のために道を踏み外した奴のあんな醜く変わっちまった姿を見たあ
とだったからさ、余計に。」
 いつも見守っている背中の大きさを掌で触れて感じるこの確かさは、
かけがえがなくて胸が熱くなる。


「こんな・・・。俺、救いようがないよな。」
「何がです?」
「いきなり無理矢理にしといて、また、なんてさ。」
 そう自嘲しながら、リンは控えめに腰を動かしはじめた。
 その動きに合わせて溜息をつきながらランファンは言う。
「救いようがないのは、私のほうです。」
その言葉にリンは目だけで続きを促した。
「リン様がつらい顔をされることさえ愛おしくてたまらなくて、
こうして・・・はしたないほどに求めてしまってます。」

 リンは動きを止めその言葉に口づけを返す。
 ランファンの中は言葉どおり彼を求めて締め付けてくる。


「・・・こんなに思ってもらえるなんて俺は果報者かもな。」
「リン様は、ほかにない大切な方ですもの。」
「ランファン、俺のこと愛してル?」
「・・・はイ。」
 伏せ目がちにごく小さく呟かれた返事にリンはまた訊ねる。

「もう一度言ってよ。『愛してル』って。」
「よほど思い切らないと、言えません。」
「じゃあまた言いたくなるようにしようか。」
「いやっ、そんな。」
「ほんとうに嫌か?」
「・・・いや、じゃない、です。」
「素直だな、ランファン。」
「あの、でもリン様、ここでは背中が痛いです。」
「だよな、ごめん。俺も今更だけど、傷がしみる。」
「! だから手当てが先ですと申し上げたのに。」
「夢中になってると、案外気づかないもんだよね。ランファンもそうだ
ったろ、背中?」
「んもう!そんなの知りません。」


 いつの間にか、しのび笑いを含んだやりとりになっている。
 きっとこれが暗い感情を引きずらない健やかさなのだろう。
 リンのいつものしれっとした顔で自分をからかう口調が戻って
きたことに内心安堵しながらランファンはすねてみせた。

「とにかく体を流しなおして出ましょう。」

 リンが体を離すと流れ出したものが腿を伝い、その感触に震えのよう
なものが走ってランファンはすぐには立ち上がれない。
 そんな彼女をリンは腕をとって助け起こした。恥ずかしく気まずいけ
れど、お互いの照れ笑いが何よりも心に温かかった。
 床でもつれあった髪の乱れも、残滓の溢れて汚れた腿も、シャワーの
湯が流し去っていく。何事もなかったように。
 それでも何があったかはきっと忘れられないだろう。
 
入ったときとは正反対の穏やかさに包まれ二人は浴室を出た。
 


 濡れた体と髪を拭くのも早々に、ランファンはリンの傷に薬を塗った
布を当て包帯で留めていった。
「これで大丈夫です。」
 手当てのために並んで腰掛けたベッドの上でほっとひと息ついて笑っ
てみせたランファンは、自分がバスタオルを巻いただけの姿でいること
に改めて気づいて頬を染める。
 そんな彼女の顔を見て
「じゃあ言ったとおりもう一回。今度はやさしくするから。」
リンはこのうえなく爽やかに笑って言った。


「ちょ、あの、リン様。そ、その言い方やめていだだけませんか。
なんだかものすごく恥ずかしいです・・・」
「さっきあんなすごいこと俺に言っておいて、それはないんじゃないの?
あの言葉、嘘じゃないよね。」
「すごいことって、あの、私もしやリン様にとんでもないことを言って
しまってたでしょうか。」
「とぼけてるの? もしかしてホントに忘れてる?」
「な、何を言ったでしょう私・・・」
「『愛してまス』は覚えてるよね。」
「・・・はイ。」
「じゃあ『こんなはしたないくらいに求めています。』は?」
「いやっ!やめて下さい、言いましたけど嫌です恥ずかし・・・」


 言葉の応酬は相手を抱きしめ口を塞ぐことで途切れた。
 慎みを手放さないからこそ浮かぶ羞恥の表情はいとおしい。
 その先にある、はにかみながらも熱のこもった目で一心にすがり求め
てくる表情は尚更。
 リンが言葉どおりに優しく抱き寄せ腕のなかに包み込むと、ランファ
ンは素直に目をつむり唇を差し出してきた。
 思いを伝え合うやさしい口づけは何度も唇をふれあわすうちにお互い
の内面を探り合う熱をもったものになっていった。リンの舌先はランファ
ンの唇をなぞり、応えることを促す。花のつぼみがほころびるようにラン
ファンの唇が開き、リンの舌を迎え入れて甘く吸った。

 甘いくちづけは体を支える背筋の力を奪う。酔ったように痺れて高揚
する体と体は口づけを続けたままベッドへと倒れこんだ。
もつれあい探り合ううちにバスタオルがはずれたのさえ気にする間もな
く愛撫の流れは勢いを増す。


 手に触れる肌はすでに馴染んで、溶け合うように滑らかに触れている。
寄り添い体温を感じあううち、鼓動さえ重なっていく。
次第に高鳴る胸をお互いの掌で知り、切なさが体の芯に集まっていくの
を二人ともが感じていた。

「あついよ。すごくあつい。」
 手を入れたリンが囁く。
「・・・だ、って、こんなことされたら・・・」
 泣き出しそうな途切れとぎれの声をあげるランファンは、それでも顔
をそむけず指を噛んで耐えながらリンを見つめる。
 その表情に刺激される欲のまま、
「感じて、濡れちゃうんだろ。ほら。」
リンはランファンの手を取って、彼女の中心に導いてゆく。彼女自身に
確かめさせようとする。
「あんっ!やっ・・・いや・・・駄目です・・・」
「駄目じゃない。気持ちよくなればいい。」
「でも・・・リン様じゃなきゃ駄目です・・・」
 涙目で訴える切実な顔にひとり遊びをさせてみる企みも吹き飛んでし
まい、躊躇う手を夢中で自分に添えさせる。
「それなら俺も一緒。確かめて、俺のも。」

 まだ性感の余韻の残る身体でこんな風に触りあうのは、興奮が共鳴し
やすくてたまらない。あっという間に高みにまで追い上げられてしまっ
て、ランファンは息を切らせながら夢中で訴える。
「や、あっ、もう・・・」
 求める声に焦らす言葉を与える間もなく、腰に廻された手に力がこめ
られすりつけるようにされて、リンは我を忘れ自身をランファンのなか
へと没入させてゆく。
 
 二人ともが夢中だった。律動は増幅し快感は手にとれそうな程はっき
りと上昇していく先に見えた。
 汗が肌を伝う。組み合った掌に伝わるのは熱だけでない。興奮までも
が伝わって我を忘れそうになる。

「・・・あんっ、は・・・、あ・・・くっ。」
 ランファンの途切れ途切れにあえぐ声は次第に発することすらできぬ
ようになっていた。
「も、出そうだ。行くよ。」
 リンの言葉にランファンは必死に何度も首を振って頷く。
 その腰を抱え欲望のままに激しく動いた。何度も突き上げた。
「ランファン、一緒に。」
 限界を目前に呼んだ声に精一杯応える声がする。
「リ、ン、さま・・・」

 長く断続的な震えがはしり、弓なりになった背とのけぞる顎が精一杯
緊張し、そして弛緩した。
 一瞬の後、リンも沸騰したものを解き放って果てた。
 震える余韻のなかで力を失った体が重く重なり、荒い呼吸までもが重
なって、やがて穏やかに鎮まっていった。




 深い充足感のなかで二人は横臥して向き合っていた。
 リンはランファンの髪を撫で、ランファンはリンの怪我のある腕を手
にとり頬を添えていた。
「最初、八つ当たりみたいに抱いて悪かったな。ごめん。」
「いいえ、私こそあの男を討ったリン様のつらさを理解しきれぬのが
申し訳なくなります。」
 しんみりした空気が漂ったが、それでも息詰まるような先刻のそれと
は全く違う静かなものだった。
 重く沈んでいた思いを口に出せるようになったのは、あの交情があっ
たからなのかもしれなかった。


「クーロンの意向で引き離されていた時のことだから、ランファンが
あいつと俺の確執を知らなくて当然だろう?」
「ええ。でも『お前は皇子の側にいるべきでない。』と言われたのは
よく覚えています。」
「あのあと何年もかかったけど、よく護衛として戻ってきてくれたな。」
「必死でしたから。今も必死ですけど、でも報われています。」

 リンはそれを聞き、思い切ったようにランファンに問う。
「・・・あいつを恨んでいるか?」
 少し考えこむ顔をしたあと、ランファンは口を開く。
「正直いうと、ざまあみろって思っています。大人になったリン様と
一緒にいられないのはお前のほうだったろうって。」

 目を丸くし、次の瞬間リンは盛大に吹きだした。
「すごいな。そうくるか!」
「え、あの、何かおかしいですか。」
「伝説級の咎人に『ざまあみろ』って言葉普通出ないよ。」
「だって、教育係の立場に胡坐をかいて、子どもだからってリン様までを
愚弄するようなことをしながら正義ぶって立ち回って。
私、あの男を見返してやりたかったんです。」
「奴のしでかしたことより動機だけ見れば確かにそうだけどさ。」
「リン様を愚弄するような者は、私は許せないんです。」
 
 憤然といい放つ彼女はまぶしいほどまっすぐだった。
「・・・なんか吹っ切れたよ。クーロンのことを心の傷とか思ってた
のが馬鹿みたいだ。強いな、ランファンは。」
「そんな、とんでもないです。」
「いや、強いよ。」
「それは、リン様が強さを下さるからです。リン様が・・・」

 自然に顔を寄せ合ってまた二人は口づけを交わした。
 穏やかなけだるさに目をつむる。
 寄る辺ない子どもだった昔を思い返しながら、男と女として向き合う
今を味わいながら、共に眠りに落ちてゆく。


                           完






あとがき:2010年8月に発行したコピー誌小説本の内容をサルベージ。

      ガンガンの付録ドラマCD『流星計画』準拠。

      リンとランファンは幼馴染だけどある程度の年になって引き離

      されたことがありそう、という脳内設定がこのドラマCDとも矛盾

      がなかったのでここぞとばかりに過去をねつ造しました。

      クーロン兄貴がリンランのあて馬状態で、彼のファンには何とも

      申し訳ないです。

      あの男のあやしいまでの情熱は私には書ききれなかったよ!



      新作はムリだったのですが、7/7に間に合うようにupしました。

      あと2冊ぶんの長編と、お蔵のなかの未完成作品どうしよう…