できることはあまりにも小さいけれど | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

関西では、なにごともなかったような日常が続いております。
テレビに映る状況とのあまりの違いに申し訳なくなるほどです。
いつもはあまり見ないテレビをさすがに気になって状況把握しようと見て
いますが、うちのチビは津波の惨状に
「・・・もう見たくない。こわい。止めて。」
と言います。
当然といえば当然の反応だけど。
ああ、この子たちは人生の早い段階でフィクションではない終末観を知って
しまったんだなあ、と思いました。
それでもこの世は生きていくに値すると胸を張って言えるよう、出来る範囲
のことをしていきたいです。



今、わたしに出来ることはほとんどない。
お金という、水にも食料にも医薬品にも変えられてかさばらず腐らない
一番つかえるものを送ることくらいだ。
テレビに映る惨状を少しでもどうにかしたいけど、物品や労働力の提供を
するには、移動輸送手段も能力も持ってない。


『オレは無力だ。』
エドが落雷で落ちた吊り橋を前に、自分の錬金術でどうにもならないこと
を悔やんでうつむいたあの場面。
あれと同じだ。
今、わたしは無力だ。何もできない。
しかしそれに焦っていたずらに被災地の悲惨さに心を寄せすぎ、いらぬ
ことに気を使って、まだ支援が必要なときに関心をもてなくなることが
ないよう力をためておこう。


特殊技術も持たないわたしは無力だ。役にたたない。
しかし、多くの被災した人が今夢みる
「つい先日はあったはずの何でもない日常」を持っている。
それをなるだけキープすることが、被災地の人たちの希望ではないか。


災害後の復興の第一歩は『学校再開』だ。
子どもたちには、まず今までどおり勉強してくれることが一番嬉しく役に
たつことなのだ。
無力なわたしも子どもと同じと思うようにしよう。
子どものときは、自力で他県への移動など叶わなかったではないか。
今、被災地へ行って何かすることはできない。
わたしでも役にたてることが出来てくるときまで、普通の生活をしよう。

そして、何らかの不便を共有しあう心の準備をしよう。



・・・そんなことを思っております。



節電お願いチェーンメールを、年単位で会えてない友達が送ってきて
「それ意味ないはずだから拡散やめといたほうがいいんじゃない?」と
返信したらtelかかってきて久しぶりに会話できたりと、思いがけない
いいこともありました。
輪番停電とかややこしいこともあるけど、こういう友達とも今のタイミング
で会っておくよう、春休みは千葉に帰省しようかな?