インスタのフォロワーさんの画面で知りました。

11/11から浦賀ドック週末だけの見学再会〜!!

わーいわーい

建物はありませんが全部壊されると思っていただけに嬉しさ倍増、期間限定なので鼻息荒く行ってきまっす!

 

下の記事の「千代が崎砲台」から近いので、行かれる方は両方行ってみてください。

浦賀周辺は寂れているので、これで復活してくれると嬉しいなぁ〜

まず駐車場の整備からじゃがね・・・。あの町は観光推ししてるくせにフリーの駐車場が全くないぞ。

 

 

 

やっと土日祝のレギュラー見学が開始になった(去年の話)

東京湾要塞跡千代ヶ崎砲台跡に行ってきました!

 

砲台は山の上にあるもの・・駐車場は山の下で有料のみでございます。

へえへえ言いながら登る、黒猫とカラスに横切られる。

見学所に自販機は一才ありません、「おがくずトイレ」はある。

流すところをじっとみてしまった、オガクズをドリル?みたいのでネリネリするんですね、無臭でした、面白い装置だわ。

これが部屋にあったら部屋から出なくてい・・ゲホゲホ。

 

この山を登らねばならぬ〜、この施設は広いので必ず持ち込みするように。

 

 

入場は無料

門を入るとたくさんのボランティアに囲まれて以後の予定を伝えられます。

神奈川の戦争史跡はガッツリ管理されていて、どこも公園の様に美しいです。

そしてたくさんの来場者がおりますので安心。

ガイドツアー希望の人は順番が来るまで資料がある小屋?で待ちます。

(待っている間にオガクズトイレを見学なさるとよろしい)

 

 

東京湾要塞跡千代ヶ崎砲台の解説をば・・

江戸末期、会津藩により作られまして、明治28年に陸軍が建設した西洋式砲台。

 

榴弾砲(りゅうだんほう)、臼砲(きゅうほう)、加膿砲(キャノンほう)機関砲

東京湾への入り口で海軍本部基地目前の要所、とにかく全部マシマシ乗せ砲台跡。

 

実は地元ボラの方もここがなんだったのかは知らないそうです、機密中の機密、戦後資料も無い。

時々様子を見に登っていたのですが、ある日「ドアや鉄の物が全部無くなってる〜!」、泥棒に持って行かれたそうです笑

その後企業や個人が土地を買い畑にしたり・・全く大事にされてなかった。

全容は最近発掘してわかった。

 

西洋式要塞の日本最古は県内ライダーみんな大好きなはず「観音崎要塞」

明治17年〜昭和20年まで東京湾沿いに12箇所の要塞が作られました。

 

建築様式の違いは簡単に言うと、観音崎や猿島など古いものはオール煉瓦作り。

千代ヶ崎砲台跡は一部コンクリ作り。みなさんのご当地の砲台も見てみてください、大体の制作時期がわかるかも。

 

放置は長いが、いざ調査公表が始まると神奈川の資料は優秀です。

見ても読んも楽しい。猿島なんかVRで現場に砲台が出現しますしね。

戦争物と同じくらい建物系にもお金ほちい・・・

 

空軍海軍基地がある県です、確かに戦争物は身近で親しみがあるねぇ〜

烏帽子岩は戦後米軍の練習的だったし、辻堂海岸は銃の練習場。

大庭からは飛行機が飛び・・という話を聞かされて育ちます。

 

煉瓦のマークでどこの刑務所で作ったかわかる。

待っている間も資料が楽しいけれど、担当になった地元おじいちゃんガイドがまた・・・延々1時間くらい要塞の小ネタを話し続けます。

早く要塞に入りたくとも出発前炎天下の広場でも延々と語る。

 

やっと入場です「柵門」

本来は屋根がありました。

 

土塁を真ん中に置いて入り口を二箇所に分けてます。珍しい。

ブラフ積みで滑らかなアールを描く技術はすごい。美しさへのこだわりを感じる。。

 

凝灰岩で風雨で削られてる。

ガイドさんが石の種類を仰ってましたが、今回入力したメモが見つからず・・

すいません、不明。

 

美しい〜、地下6mの累道

 

大きな石畳、一部屋根も残っていてさらに美しい

上部は無筋コンクリート

 

井戸や下水システムが素晴らしかった。

他の砲台では累道に組み込まれてなかった、外にありました。

 

開けてくれるサービスあり。

 

これは2013年まで海上自衛隊の通信基地だったなごり。

 

美しい

 

コンクリ屋根あたりは防水の焼過煉瓦が途中までになってました。

 

 

内部は安い煉瓦、上はコンクリ、漆喰と焼過煉瓦の合わせ技

 

上の入り口の破壊、こちらも掩蔽壕出入り口の煉瓦が破壊されています。

泥棒が鉄扉を強引に掘り出した跡。

 

ガイド付きではないと入れない場所は多い。

こちらは弾薬庫への道です。

 

人一人分のせまく長い通路・・ではありません、「点燈室」です

 

弾薬庫際奥です、三つの「点燈室」で光ってるあかり

弾薬庫にランプを持ち込まないために、あります。

 

分厚い煉瓦の奥に先ほどの通路からランプを置く。

 

縄で作ったカゴ?に砲弾を乗せて上に引っ張ってもらう・・らしい

そんな軽いかい?

後、擦れて引っかかった跡が縁になさそうですけど。。

コツンってあたるくらいじゃ爆発しないのかな??

おじいちゃんだって見てきた年齢じゃない、多分藁ムシロでもあったのかもね。

 

無筋コンクリートで作られた連続アーチが交差する天井。

大変美しいし、角の崩落もなく職人技が光っております。

 

砲台に出ます。

保存のためここ一箇所しか入れません。

他は掘り出し中だったり壊れたままにしてある。

 

へー、この穴って砲弾置き場だったんだ。

こうやって立てかけておく。。らしい?

数十年で「これどうやって使った?」って簡単になっちゃうんですね。

ガラケーが使える私も20代から見れば立派にアーカイブ。

 

補修前の姿の砲台、ブロックも煉瓦も崩れた状態だったそう。

 

山全部が基地だったのですが、一部企業用地になっていて、史跡があるけど見学も保存もできない状態です

 

観測室跡はあっちにあるそうで、今買収もしくは見学ルートの確保の話がでています。数年後には見学地が広がっているかも!

場所場所で後続グループが複数渋滞してもなお、おじいちゃんガイドは話が止まらなかった(笑)

陸の孤島時代が長かったからこの植物がここにだけ群生してるなどなどの話もしだしました。

途中で複数のグループに抜かされました(笑)

「ボランティアガイドの話は長いもの、みんなマニアだからしゃべりたい事いっぱいあって当たり前」と私は思っていましたが、どうも違うようですね。

私に当たるガイドがいつもマニアのようだ。。。

 

ガイドによってだいぶ持ち時間が違うようです

何度か行くと面白いかも!

 

「ただ美しい」だけでもおすすめします、ぜひぜひ来てみてくださいませ。