『山城国風土記』では天歳神一座とされる。時代を経るにつれ、氏子の信仰によって天歳神が、その弟神で神威の高い稲荷大神に変更され、またこの付近で神威の高い神々を勧請して現在の五柱の祭神になった。
http://www.kamnavi.jp/yamasiro/arami2.htm
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当社は古くは丹波津宮と呼ばれていたらしく、天正十四年(1584)の棟札にその名が見える。丹波津は宇治川と桂川の合流点付近にあった古代からの津である。