石上神宮の神域に災いが入り込まないように境界に傍示を立てていくが、その北郷の神社の一である。
三十八(社)神社は大和国に十数社あり、現在名前を変えている桜井市の殖栗神社、橿原市の竹田神社などの式内社比定社も古くは三十八神社であったが、創建時まで遡るかどううかは不明。
祭神はミズハノメ命が多いが、ミズハが三十八だからだろう。

http://kamnavi.jp/as/yamanobe/misohati.htm

出雲大社が造営された頃は杵築宮と言われた。平安初期に出来たと言われる『先代旧事本紀』には、「建速素盞嗚尊は出雲の国の熊野・杵築の神の宮に坐す。」と書かれている。江戸時代の寛文六年(1666)には大己貴命に戻っている。従って寛文六年以前の勧請と言える。



http://kamnavi.jp/as/yamanobe/kiduki.htm