こんにちは、カミーです。

 

ローカルの博物館や郷土資料館を通して、縄文時代を味わう旅企画の第二弾。

 

その主旨は第一弾のこちらから↓

 

 

 

今回は、東京都の東久留米市郷土資料室です。

公式HP

 

パンフレットによると、東久留米市で確認されている遺跡は138箇所!

 

そのすべてが縄文時代のものではないですが、旧石器時代と縄文時代が圧倒的に多いそうです。

 

こちら↓はその概要マップですが、東久留米市は湧き水・河川が多く、台地も多い。縄文人が好きな条件が揃ってるんですね。

 

 

郷土資料室の外観はこちら↓

 

元小学校だった建物が、「わくわく健康プラザ」という保健施設になってます。郷土資料室はこの2階にあります。

 

建物裏手には台数のけっこうある駐車場もあります。

 

 

 

教室まるまる1つが、すべて縄文時代の展示です。

 

郷土資料館ではなく資料室なのは、学校の教室を利用しているからなのでしょうか。

 

もちろん他の時代の展示もあるのですが、部屋を与えられているのは縄文時代の展示のみ。

 

ほかの展示はすべて廊下です。縄文時代を丁重にあつかう姿勢が現れています(笑)

 

 

どどーん!

 

ローカルな資料館とは思えない充実した土器群!

 

パンフレットによると、約115点もあるそうです。鳥肌ものです。

 

まずはざっくりお楽しみください♪

 

 

 

 

すごいのが、縄文時代早期から後期までをカバーしていること!(ただし後期は少なめ)

 

展示は、左側の早期にはじまり、右側へ行くにつれて時代が進んでいきます。おおよその時系列で土器が並べられているんですね。

 

これだけ時代的に幅があり、豊富な土器群を見られる機会はめずらしいのではないでしょうか?

 

欲を言えば、補完した部分は石膏の白ではなく土器と同じ色であればよかったなと。

 

オリジナルを大事にする、もしくは正確さを期する誠実な姿勢なのでしょうか…?もしくは費用の問題?

 

詳しい理由は分かりませんが、ただ鑑賞するいち素人としては、石膏の白が目立つよりも、溶け込んでいたほうが当時の土器のイメージがつかみやすいのも事実。

 

難しい選択なのかもしれませんが…

 

さて、115点すべては紹介できないので、いくつか私の独断による逸品を簡単に紹介していきます!

 

 

 

まずはこのイノシシの顔をかたどった土器。

 

ここまでハッキリと顔認識できるのはめずらしいと思います。

 

 

 

続いてこちら!見るものを不安にさせる文様!笑

 

勝坂式です。同じく勝坂式で見事なものがいくつも展示されてます。

 

 

 

 

 

これ↓はちょっと変わったデザインですね。

 

 

上記の土器たちは中期ですが、前期に近いものも展示されてます。

 

中でもこれ↓はちょっとめずらしいデザインじゃないでしょうか。

 

 

四角いかたちの土器↓もあります。めずらしいですね。

 

 

ちなみに大きさはこんな感じ↓

 

なんの説明も、プレートもなく、無造作に置かれています。

 

ひとり居場所に困っているように見えます(笑)

 

 

あとこの子↓は、繊維を混ぜ込んだ粘土でつくられているそうです。

 

早期から前期につづく土器の変遷をしめす重要な土器だそう(だからプレスチックケースで保護されてる?)。

 

 

 

時代的に前後しますが、中期後半から後期にかけての土器も。

 

 

典型的できれいな加曽利E式。

 

統制の取れたデザインが美しいです。

 

 

やや変わり者。

 

 

こちらも渦巻き多めのちょっと変わり者。

 

教室4面のうち、1.5面くらいは土器ですが、あとは縄文時代の説明などがあって、それらの展示も秀逸です。

 

個人的には石器の説明部分は、どこの博物館よりも分かりやすく、そのままたとえば国立博物館とかにあってもよいレベルに感じました。

 

土器以外の展示もぜひ細かく見てみることをオススメします。

 

3回くらい訪問したことがありますが、他人と遭遇したことはないので、ゆっくり見放題です(笑)

 

下記↓はそのほんの一部です。

 

 

ちなみに、土器以外には立派な石棒は出ていますが、土偶はほんのカケラだけのようです。

 

なので土偶好きに刺さる展示はまったくありません。あしからず。

 

 

 

惜しむらくは、ここは土日祝日が閉室していることでしょうか…。

 

今回は、東京都の東久留米市郷土資料室でした。
 

公式HP

 

 

※展示内容は、私が訪問時のものです。開館時間・曜日などを含めた詳細は電話やホームページで事前に確認くださいね。展示品についてはホームページには載ってないことがほとんどなので、ちゃんと知りたい人は電話がいいかもです(笑)

こんにちは、カミーです。

 

ローカルの博物館や郷土資料館を通して、縄文時代を味わう旅企画の第一弾。

 

あまり知られていないと思うのですが、たとえば市立の郷土資料館には、縄文土器や土偶の展示があることが多いんです。

 

しかも、こんなところにこんな素敵な土器!みたいに嬉しい驚きの出会いがよくあります。

 

場所は不便なところも多いですが、入場料は無料のところが多く、お財布にもやさしいw(入場料があっても安め♪)

 

でもローカルで規模が小さいこともあり、ネット上にはあまり情報が出ていません。

 

特に、私にとっては「縄文時代の展示がどのくらいあるのか?」という点がピンポイントで気になるのですが、そうなるとさらに情報がありません。

 

展示全体をうつした小さな写真を、ぎゅーっと拡大して目を凝らしてみたり…笑

 

というわけで、同じような悩みを持っている人たちに向けて(いるのか?w)、情報共有できればと思いました。

 

東京在住のため、関東中心なのはあしからず。そのうち地方にも行けたらいいな。

 

いつまで続くか分かりませんが、さっそく1つ目。

 

 

武蔵野市立・武蔵野ふるさと歴史館に見に行ってきました。

公式HP:武蔵野ふるさと歴史館
 

 

住宅街のなかにありました。

 

内部はリニューアルしたようで、とてもきれいでしっかりした展示です。

 

が、時間の都合上もあり、縄文時代の部分だけしか見てません…笑

当然、縄文以外にも武蔵野市の歴史に関する展示がありました。

 

縄文時代に関する展示はこの部分↑

 

見に来たのはこの子たち。私の訪問時、縄文土器はこの3点でした。

 

まずはセンターをつとめる注口土器から。

注ぎ口は欠けちゃってるのかな。

吉祥寺の遺跡から出土だそうです。

 

 

 

 

 

つづいてこちら↓

3点しかないこともあり写真を撮りまくりましたので、ご堪能くださいw

独特な突起が、縄文らしさをぷんぷんと漂わせた逸品。

 

 

 

 

 

 

そして3つ目↓

 

 

 

これは何式なんでしょうか…?諸磯?

展示には説明はありませんでした。

 

 

以上です。

 

縄文時代全体の説明は、基本的なものですが、とても分かりやすいものでした。

石器やミニチュア土器も展示されていましたよ。

 

 

 

 

公式HP:武蔵野ふるさと歴史館

 

各種SNSも運用していて、広報活動も積極的な歴史館のようです。

 

 

※展示内容は、私が訪問時のものです。詳細は電話やホームページで事前に確認くださいね。ホームページには載ってないことがほとんどなので、ちゃんと知りたい人は電話がいいかもです(笑)

こんにちは、カミーです。

 

『ぼくは縄文大工』という本の紹介です。いろいろ衝撃的な内容でした。

 

 

もともと大工だった著者ですが、ひょんな経緯で石斧と出会い、そこから縄文遺跡跡で縄文時代の家を再現することになり、いまでは自ら縄文人のような生活を実践しています。

 

僕は縄文時代の本を何十冊も読んで、ちょっと知った気になっていましたが、そんな自分がひどく頼りなく頭でっかちに感じました。実際、頭でっかちですけど…。


縄文時代の遺跡として有名な石川県の真脇遺跡で、縄文小屋を再現するプロジェクトに参加した話が前半のメインパート。

 

なんとなく漠然と縄文人は石斧を使っていろいろ作っていた、と思っていましたが、石斧にも種類や工夫、さらには使うための技術や経験値が必要だということに驚かされるとともに、石斧でさまざまなものを作ることができることにも驚嘆しました(もちろん鉄器や現代の道具に比べれば時間はかかる)。

 

宮大工や古民家再生に携わった経験を生かしつつ、当時使われていた道具(石斧、石ノミ、木槌、楔)だけを使って家をつくっていく過程は、素人のみならず考古学の専門家にとっても非常に興味深い内容なんじゃないでしょうか。

 

また、この縄文小屋の設計もこの著者が担当したらしく、手書きで書かれた設計図とその背景も説明しています。ここも面白い。

 

耐火性・耐久性を考えて家の下部を土壁、上部を茅葺きとしたり、水はけの観点から円錐形ではなく切妻屋根にしたりと、大工の経験を活かして設計したようです。

 

ちなみに、あまり知られていないことかもしれませんが、縄文時代の遺跡で再現されている家はどれも想像に基づくもので、実際にどんな家に住んでいたのかは誰にも分かりません。

 

また、建築をしていく過程であった以下のような著者の気づきも新鮮です。

 

・石斧でも「ほぞ」を使った建築ができること

・想像以上に大量の縄を消費すること、そして自然の素材から縄をつくるのはたいへんな作業であること

・作った縄文小屋は200年ほどの耐久性があり、それは周囲の環境を維持できる材料量しか必要でないこと

 

クリの木というのは縄文時代に多用されていた素材ですが、耐久性や加工のしやすさを考えるとクリは最良の素材であることを古民家再生の経験から語られていて、それも興味深いと思いました。

 

本書の後半は、縄文時代より前の旧石器時代(約3万年前)の丸木舟を再現して、それで台湾から与那国島にわたるというプロジェクトの内容が書かれています。ここも実際にやってみなければ分からないことがたくさん書かれており、興味深い内容です。

 

著者は現在、自分でつくった小屋で縄文時代のような暮らしをしているそうです。

 

土間の快適さや、裸足で生活することのメリット、獣の毛皮の快適性など、体験しないと語り得ないことがたくさん紹介されているのが本書の何よりの魅力でしょう。

 

本書を読んで、実際にそれらをすぐにでも体験してみたくなりました。体験を通じた語り口に(いい意味で)酔わされたんだと思います。

 

いつかご本人に会いに行って、縄文時代の暮らしを教えてもらいたいなと思いました。

 

 

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こんにちは、カミーです。

 

「アイヌは縄文時代をもっとも色濃く反映している」という仮説が、学術界でどのくらい支持されているのかを確かめたくて、この本を手に取りました。

 

 

結果的には、人類学的にも、遺伝子的にも、文化的にも、言語学的にも、アイヌは縄文時代から多くを引き継いでいるということはおそらく正しい、ということが本書でなんとなくわかりました。

 

アイヌが縄文時代をその起源としているという話は、おそらく30−40年前に梅原猛さんが言い始めたのが最初だったんではないでしょうか。

 

人類学的にはアイヌは欧米人と考えられていた時期があったり、言語学的にはアイヌ語は日本語とまったく関係のない言語とされていた時期もありました。そういうわけなので、当時の梅原猛さんの説「アイヌ縄文起源説」についても、ほとんどの学者は相手にしなかったんじゃないでしょうか。

 

しかも、梅原猛さんは日本古代史には詳しいけれども、基本は哲学者であり、人類学者や考古学者、言語学者からみれば門外漢であり、検討すべき対象でもなかったんじゃないかと思います。

 

しかし、素人目にみて、梅原さんのアイヌ縄文起源説は信憑性が高そうに思えました。で、それについて他の学者さんがどう考えているのかを知りたかった。

 

冒頭でも書きましたが、どうやらいろんな研究が進められた結果、アイヌ縄文起源説を覆すような証拠は出ていないようです。

 

だから、縄文時代を知りたいならアイヌを知る、というのは間接的な方法として有効っぽい。梅原さんも日本の基層にある思想を探るのに、アイヌのことを研究していました。

 

本書で面白かったのは、アイヌだけではなく山や海といった辺境に生きてきた人たちの中にも、縄文文化の名残りがあるのではないかということ。その方面のことも調べてみたいなと思いました。

 

 

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こんにちは、カミーです。

 

図書館でふと目に入った本が、ビンゴで興味深かったので紹介。最近、「たまたま目についた本が面白い現象」が頻発してます。

 

今回目に入ったのは、『日本の人類学』というタイトルの山極寿一さんと尾本惠市さんの対談本です。山極さんは京大を代表する人類学者(元京大総長)、尾本さんは東大を代表する同じく(分子)人類学者。

 

 

その二人が人類学について語っているのですが、第4章の「狩猟採集民から現代文明を考える」という話が特に興味深かったです。

 

狩猟採集民について、僕がぼんやりと考えていたことが確認できて(言葉になっていて)ちょっと興奮しました。

 

そのぼんやりと考えていたこととは、狩猟採集民は…

 

▼土地をはじめとしてモノに対する所有権の概念が無い、もしくは薄い

▼徹底した平等主義

▼それゆえ基本的に大きな争い・戦争はない

▼リーダーはいても富や権力がそこに偏ることはない、私有化されない

 

東大と京大の人類学の泰斗が言ってるんだから、間違いないでしょう(笑)

 

元京大総長の山極さんは、狩猟採集は「共有」で、農耕牧畜は「私有」だと言い切っていて、まさにそうだなと感じました。

 

逆に、農耕牧畜の特徴はざっくりとこんな感じ。

 

▼土地や富・食料の私有化

▼それをめぐる大きな戦いの発生

▼戦力をもとにした男系社会ー男性が力・権力をもつ

▼自然を支配する姿勢

 

狩猟採集と農耕牧畜がこんなにきれいに区別されるかといえば、もちろん細かい点での異論はありそうです。

 

狩猟採集の代表ともいえる縄文時代にも階層があったんじゃないかという議論があったり(渡辺仁(2000)『縄文式階層化社会』)、狩猟採集民も大きな戦争を経験していたという説があったりするそうですが(『文明以前の戦争』 Keeley, War before civilization, 1996)、本書ではどちらもあっさりと否定しているのは個人的には気持ちよかったです。

 

学術本だとこうはいかず、延々とその論拠を示されることになりますが、対談本だからわりと率直に「間違ってると思う」と結論だけ書いてくれてるのは一般読者にとってはありがたいです。

 

農耕牧畜と狩猟採集、細かい点で差異はあるかもしれないけれども(そして単純に二分化することにも議論はあるけれど)、狩猟採集民を「野蛮」とか「遅れている」、「停滞」、「未発展」と考えるのは間違いで、ただ農耕牧畜民とは違うだけだと本書では主張しています。

 

(狩猟採集から農耕牧畜を人類が選んだ理由について本書では十分に触れていませんが、僕は気温の振れ幅が大きな寒冷期から振れ幅の少ない温暖期に入ったことが大きかったとする説が有力じゃないかと思います。詳しくは中川毅『人類と気候の10万年史』)

 

行き詰まった現代社会は、今こそ狩猟採集民から学ぶべきものがあるといいます。自然に対して謙虚になったり、助け合いの精神を大切にしたり、平等主義を徹底したり…。

 

興味深かったのは、現代の狩猟採集民の平均的なバンドの規模が、人間のダンバー数(知らなければググってくださいw)である150人であるということ。

 

つまり、150人の集団で暮らすように人間の頭や身体はつくられているといっても過言ではなく、農耕の開始で集団規模が急激に増えたことは人類にとっての大きな異変であり、人類がまだその変化についていけていないだけかもしれない、という指摘はなるほどと思いました。

 

だって、いまの人間が誕生したのは20万年前。それから農耕が生まれる1万年前までの約19万年間は狩猟採集を基本に生活してきたわけだから、身体のつくりや心のあり方が、狩猟採集のほうに合っているのはむしろ自然とも思えます。

 

この本には書いてませんが、農耕文化が養える人間の数というのは、狩猟採集に比べて圧倒的に多かった。だから、ダンパー数の150人を超えた規模の集団がどんどん出来上がって、人の目の届かないところでずるいことや悪いことを考えるような人が出てきてしまった。人類がそもそも経験知として持っていた欲や傲慢、権力欲を抑えるような社会的機能が働かなくなってしまったんじゃないでしょうか。私有化とともに始まる格差やピラミッド型の階層社会、富や権力の偏在は、そんなふうに生まれてきたんじゃないかなと漠然と感じました。

 

ふと、この20万年の人間の歴史を宇宙から見たら、どう観察されるんだろうかと思いました。

 

19万年間は狩猟採集ベースで、総人口は少ないけれども、平等に、自由に、資源やモノは共有しながら、自然とも共生しながらやってきた。

 

ところが、1万年前に農耕・牧畜が生まれると、その味を知った農耕牧畜民は急速に地球上での生存域を広げていき、ついには、人類のほとんどが農耕牧畜民の文化のもとに生きるようになった(ちなみに現在でも狩猟採集民はいますが、全地球人口の0.01%だけらしいです)

 

経済が生まれ、資本主義が発達し、富は一部の人に偏り、土地は私有化され、自然・環境は破壊され…。

 

当然、農耕牧畜は文明を生み、おそらく豊かな芸術や文化の源泉にもなったとは思います。

 

ただ、現在の地球はどうも行き過ぎてしまった感がある。狩猟採集の社会に戻れというわけではないけれども、学ぶべきことがあるんじゃないのかという本書の指摘は、至極まっとうなものだと感じました。

 

 

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