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色恋沙汰と戦争。

 

 

 

『トロイラスとクレシダ』のテーマは

なんと言ってもこれに尽きる。

長く続いたトロイ戦争の終盤と、

若い二人の儚い恋模様。
 

 

 

 

トロイ戦争。

ギリシャの高官メネレーアスの妻ヘレンを

トロイ王の息子パリスがさらったことから

この戦争は勃発している。

 

 

 

身も蓋もない言い方をしてしまえば

たった一人の美女を巡って

元夫と横取りした男の諍いが

戦争の根源なのだ。

 

 

 

しかし、国を揺るがすほどの

価値のある女かといえば

決してそうではないところが

なんともいえない皮肉なところ。

 

 

 

トロイ王の息子のうちの一人、

トロイラスはこう言う。

 

 

トロイラス 敵も味方も大ばかだ、こうして毎日おまえたちの血で

ヘレンの顔に化粧してやりゃ、きれいになるってもんだ。

おれはこんなことのために戦うことなどできん、

この剣をふるうにはあまりに貧弱な大義名分だ。

 

 

 

多くの犠牲者を出し

後に引けなくなった二国。

 

 

 

ついに、ヘレンさえ返してくれれば

戦争をここで終わらせようじゃないかと

ギリシャ側は交渉してくるが

一度手に入れた女を易々と手放しては

名誉に関わるからとトロイ側は応じない。

そのために多くの戦士たちが

無駄な血を流すにも関わらずに、だ。

 

 

 

パリスは友人のダイアミティーズに

ヘレンににつかわしいのは

新しい恋人の自分と

元夫のメネレーアスのどちらか?と問うが

「どっちもどっちです」と言われてしまう。

 

 

 

ダイアミディーズ 女のおかしたふしだらさをいささかもとがめず、

地獄の苦しみをなめ、巨額の費用をそそいで

その女をとりもどそうとする男もりっぱなものだし、

女の汚された過去をいっさい気にもとめず、

膨大な富と友人のいのちを失ってなお

その女をやるまいとするあなたもりっぱなものだ。

 

 

 

なんとも強烈な皮肉が効いた一言。

だが、もっと皮肉なのは

このダイアミディーズが後になって

自分もパリスと同じことを

クレシダに対してしてしまうこと…。

 

 

 

 

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いっこうに解決しない

トロイ戦争の最中に、

王子トロイラスは

クレシダと恋におちる。

 

 

 

トロイラスがゾッコンなのに対し

クレシダはやや計算高く立ち回る。

彼女は恋に落ちても、

盲目的に溺れることはない。

 

 

 

クレシダ でも私はトロイラスに見たわ、そのほめことばを

何千倍もうわまわるほまれ高いお姿を。

でもよそよそしくしよう、女はくどかれるうちが天使、

男のものになったらおしまい、男はものになるまでが君子。

 

 

 

 

トロイラス われわれ男は、涙で海を作るとか、火のなかに飛びこむとか、岩をかじるとか、虎を飼いならすとか、誓いの文句を並べ立てる。なにをしろと言われてもたいへんだとは思わない、むしろなにをやらせるか考える女のほうがたいへんなぐらいだ。恋のおそろしい化け物とは、意欲は無限だが実行は有限、欲する心ははてしないがおこなうには限度がある、ということだ。

クレシダ 男のかたは恋をすると、できる以上のことをやると誓いながら、やらないことでもできると思っていらっしゃる。十以上のことをやると約束しながら、十分の一以下のことしかなさらない。声はライオンでなさることは兎、これではやはり化け物じゃないかしら?

 

 

 

恋に戯れる若き男女。

ところが二人は突然引き裂かれる。

 

 

 

クレシダの父親がギリシャ側に与し

彼女を自分の元に呼び寄せたのだ。

二人は永遠の愛を誓いながら

泣く泣く離れ離れに。

 

 

 

その後、クレシダを奪い返すため

トロイラスはギリシャの陣営に忍び込むが

彼が目撃したのは、あっけなく心変わりをして

ギリシャ側の男に色目を使うクレシダの姿。

 

 

 

トロイラス あれがあの人?いや、あれはダイアミディーズのクレシダだ。

美しい女に魂があるとすれば、あれはあの人ではない。

魂が誓いをまもるとすれば、誓いが聖なるものだとすれば、

聖なるものが神々の喜びたもうものとすれば、

一が一であって二でないとすれば、断じて

あれはあの人ではない。おお、理性は気ちがいじみている!

 

 

 

そう、クレシダが近づいていった相手は

よりにもよって、パリスを嗜めていた

ギリシャの戦士ダイアミディーズ。

クレシダの魅力はそれほどなのか。

 

 

 

トロイラスはクレシダの不実さに、

彼女を奪ったギリシャに

一気に憎しみを募らせ、

戦争へ繰り出していく。

 

 

 

しかしここで不思議なのは

主人公トロイラスは最終的に

クレシダを取り戻すこともなく、

かといって勇敢に戦死するわけでもなく

中途半端に生き残ってしまうという点。

 

 

 

ヘレンを奪われたメネレーニアス。

クレシダを奪われたトロイラス。

名誉だ、愛のためだ、と言いながら

結局していることは美女を巡っての争い。

 

 

 

だからやっぱりこの戯曲のテーマは

色恋沙汰と戦争。

「なんだかなぁ〜」という終焉に

この物語を象徴する、

サーサィティーズの台詞が有名だ。

 

 

 

セックスだ、セックス、いつだって戦争とセックスだ、ほかのものはなにひとつはやりやしねえ。

 

 

 

 

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あまりに登場人物が多過ぎて

一度読んだだけでは

どういう話なのか

全容をつかむことができなかった。

 

 

 

トロイ戦争という題材のため

「史劇」ともいえそうだが

「問題劇」という位置付けのようだ。

主人公が死なないから

「悲劇」ではないものの、

アイロニカルな展開で幕を下ろす。

 

 

 

読後感は別に良くはないけれど

私は嫌いじゃない。

 

 

 

短いながらシェイクスピアならではの

ユーモアとエッジの効いた名台詞も多く、

それが主人公たちだけではなく

脇役たちにも与えられているのがいい。

 

 

 

ヘクター いや、ものの値打ちは個人の希望だけで

決まるのではない、それ自身尊ぶべきものがあるから

尊い価値を有するのであって、値打ちをつけるものの

勝手にはならない。

 

 

ユリシーズ 友情の絆を結ぶは賢者にも難く、それを解くは愚者にもやすしです。

 

 

 

パリス 恋するハートはむつみ合う鳩を糧とする、すると熱い血が生まれる、熱い血は熱い思いを生む、熱い思いは熱い行為を生む、熱い行為は恋だ。

 

 

 

 

『トロイラスとクレシダ』、

時代も国も違っていても

人間の性分というのは

普遍的で、繰り返すもの。

 

 

 

何度読んでも飽きないだろうなと

思わせる魅力を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

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