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アルセスト ( 略 )・・・あの女の美しさが何よりも強いのだ。僕はきっと今に、時代の悪風習に染んだあの女を、僕の恋の力で洗い清めてやるから見ているがいい。

フィラント 君にそんなことができたら、それこそ大したものだ。すると君は、あの女に愛されている気でいるわけだね。

アルセスト もちろん。愛されていると思っていなかったら、愛してやりようがないじゃないか。

 
 
 
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主人公のアルセストは、純情な青年。
うわべの人付合いや社交界を嫌悪し、
正直一点張りで自分を曲げないため、
人から反感を買うこともしばしば。
 



 

ところがこの男が恋に落ちたのは

生一本なエリアントでもなく

見識ばったアルノシエでもなく

社交界で噂のたえない未亡人セリメーヌ。

 

 

 

彼女は若く美しいために
複数の男性たちから言い寄られていたが
真剣に受け止めず掌で転がすばかり。
邪険に扱われ恋に悶えるアルセスト。
 
 
 
セリメーヌに同じく猛アタックをしている恋敵のオロント。
アルセストに恋心を寄せるエリアント。
エリアントに片思いしている友人のフィラント。
 
 
 
そんな周りに取り囲まれながら
果たして清廉潔白すぎる主人公と
コケテッシュな美女の恋の行方は?
 
 
 
セリメーヌ ( 略 )・・・女というものは、自分の切ない胸をいざ打ち明けるとなれば、大した骨折りをするものです。恋の仇といってもよい女の羞恥というものがあって、そんな言葉は中々口には出て来ないものです。だのに、女がよくよくの思いで口に出す誓いを、男のかたが疑ぐるなんて罰があたります。( 中略 )・・・あゝ、わたしは馬鹿でした。こんなになってもまだ、あなたを思い切れずにいる自分のばかさが恨めしくなります。

 

 

 
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『人間ぎらい』は喜劇作品だ。
しかし、描かれているのは
ある男の人生の一幕、それも悲劇だ。
どうして位置づけが喜劇作品なのか。
 
 
 
アルセストは誠実さを追求するあまり
俗世間に対して適度な妥協ができない。
そのくせ恋愛に関しては盲目的で、
真反対の性格の女性に首ったけ。
 
 
 
やがて頑固な正直さが災いし
訴訟中の裁判に負け、
おまけにセリメーヌからは
手痛い仕打ちを受ける始末。
 
 
 
本人は自分の正義を貫いているだけなのに
はたからみればどう見たって空回り。
事態は悪化するばかりで

どんどん人間ぎらいになっていく主人公。

 
 
 
だから本人にとっては悲劇だが
作品としては大いに喜劇。
皮肉な、喜劇。
 
 
 
そして主人公やヒロインを差し置いて
脇役の男女の会話が微笑ましいこと。
そこだけ切り取ったなら、
喜劇でも悲劇でもなく
純粋なラブストーリーで収まりそうな。
 
 
 
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フィラント それはそうですが、どうでしょう、あの男は愛されているのでしょうか。
エリアント さあね。従姉がほんとうにあの方を愛しているかどうか、そこのところは、なんとも判断がつきかねますのよ。従姉は自分で自分の心がはっきりしない人ですから、時には恋をしていながら、はっきりとはそれを知らずにいることもあるんですし、また時には、なんということもないのに、恋をした気になることだってあるんですの。
 
 
 
エリアント ( 略 )・・・ でも、世間によくあることですけど、あの方のお心がとどかなくて、お好きな人がほかの人の切ないお心をかなえてさしあげるようでしたら、あたくしその時になって、あの方のお心をいただく決心をしてもいゝんじゃないでしょうか。( 略 )・・・
フィラント 僕にしても、あなたがあの男をそう想っていらっしゃるのに反対はしません。( 中略 )・・・しかし、あの男がお従姉と結婚して、あなたがあの男の心をお受けになるわけに行かなくなったら、その時こそ僕が誠意をもって、あなたが今あの男に見せていらっしゃる親切なお心をお受けしたいものですね。あの男がほかへ気を向けたために、あなたがこの僕を想って下さることにでもなったら、それこそ、願ってもない幸いですけれどね。
エリアント 御冗談でしょう、そんなこと。
フィラント いや、冗談じゃありません。僕は誠意をもってお話しているんです。大っぴらに僕の心をさしあげる機会を待っているんです。僕の心のありったけを、あなたに打ち明ける時が早く来ればいゝと思っているんです。
 
 
 
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昔から読書をしているが
タイトルと著者名を見れば
一体いつくらいに読んだ本か
たいていは記憶が残っている。
 
 
 
ところがモリエールの『人間ぎらい』は
図書館であらすじを読んでも
果たして読んだことがあるかどうか
どうにも判然としなかった。
 
 
 
昔の日記を読み返してみたら、
高校三年生の冬に読んでいた。
ページの薄い本だから、きっと
試験勉強の合間の息抜きにしたのだろう。
 
 
 
当時、本を読んで気に入ったところを
ノートに書き写しているのだが、
今回読んだときに付箋を付けた場所と
不思議なことに見事に符合していた。
 
 
 
すっかり読んだことも忘れていたのに
感動するところが同じだなんて
自分ってやつは心や頭の芯の部分は、
あんまり変わらないのかもしれない。
 
 

 

 
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