{C92A195F-F228-450F-8108-128F80A727A1}
 
 
 
「静かに、しのぐ・・・。いい言葉だな。どんなことがあっても、静かに、しのぐんだ。そしたら、時が解決する」
 
 
 
***
 
 
 
工業デザイナーとして独立を目指す主人公の北尾与志は、あるとき高倍率の公団住宅の抽選にあたり、立地の良い高層マンションに住むチャンスが訪れる。
 
昆虫ばかり撮っている写真家で、“ロバ”というあだ名の友人・佐竹専一と最初は折半して住むつもりだったが、偶然訪れたBARで、美容師の曜子と会社勤めの愛子に出会い、ひょんなことから四人で共同生活をすることに。
 
与志と愛子、ロバと曜子。自然と二組の交際が始まるが、この小説は四人の出会いから共同生活が終わるまでの二年間の物語。
 
愛子が不安神経症をかかえながら医者を志したり、ロバがネパールへ幻の蝶を撮影しにいったり、曜子が昔の交際相手となかなか縁を切れなかったり。仲間が試練や窮地に陥る度に、四人は励まし合い、夢を語り、互いに助け合った。
 
 
「私たちって、自分では気がついてないけど、人のために苦労するのが好きなのね」
 
 
けれども互いの幸せを願い、助け合えば助け合うほど、感情もお金も擦りへらし、人生のバランスは少しずつ崩れていった…。
 
 
 
***
 
 
 
きっとこの小説は、読者の感想がすぱっと分かれるんじゃないかな。登場人物に共感できずすっきりしない人と、人間同士のどうにもならなさを理解し、漂う雰囲気を味わえる人。
 
 
 
***
 
 
 
愛とはなんだろう?たゆまず好きでいられること?無償で他人に優しくすること?憎んでも許せること?
 
 
愛し合った二人が、喧嘩をして、時には裏切って、傷つけあって、悲しい結末になることはよくあること。どうして片方だけの責任だっていえよう?
 
 
好きだからこそ、全てを許してほしいと思うのは罪なのだろうか?離れていく相手を無理には引き止めれなかった。もう、どうでもいい。いっそ叫んで罵って、消えてしまえと思うくらい。
 
 
一人になったら孤独と絶望が押し寄せる。泣いても何も変わらない。それでも世界は回るのだ。自然がやたら目に眩しい。時間が経つころには、この苦しみも憎しみも消えるかもしれない。それだけを信じて淡々と日々を待つ。「静かに、しのぐ」。
 
 
同じままの幸福は手に入らない。二度と手に入らない。わかってて手放した。
 
 
 
***
 
 
 
最後に。
 
この小説の書き出しの文章のリズムが心地よく、そしてもう終わってしまった日々への切なさが滲みながらも美しく、静かにするりと心の隙間に入ってきたので、そのまま引用させてもらう。
 
 
 
 
***
 
 
夜明けの雨の音を、夢うつつで耳にすると、私は心地よく覚醒したあと、きまってあの二年間の生活を思い出す。思いだすといっても、淡い映像のかけらが心のなかで回転するだけなのだが、そしてその覚醒は、次第に心地よい眠りによって溶けていくのだが、悔恨も郷愁も夜明けの雨の音に包まれて、不気味なほどの安寧を私に与えてくる。
  あの二年間を思いだすことが、なぜ私にとって深いやすらぎとなるのか、私にはわからない。私たち四人の共同生活が不純なものだったとは思えないが、決して道徳的とも言えなかったことを、私はときおり、たとえようもなく純粋な一瞬のつみかさねとして甦らせてみたりする。
 
 

 

 

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ